戦後80年の終戦の日は、例年よりも数多くの戦争企画が放送され、他のメディアでも特集された。その終戦直前に日ソ中立条約を破り、日本を攻め、終戦の日を過ぎても進軍していたのがソ連だった。
【写真を見る】シベリアで出会ったロシア人女性と禁断の恋 2人に訪れる転機 忘れられない彼女の表情【戦後80年 大石邦彦取材(6)】
1945年8月15日をもって日本軍は段階的に解散し、多くの若者が自由を手にしようとしていたが、そこから尚もシベリア抑留によって捕虜として自由を奪われた若者たちがいた。
その若者の一人が名古屋市に住む長澤春男さん(100)だった。
強制労働に耐えながら、独学でロシア語を学び、中隊長にまで昇進した彼は、ロシア人女性からプロポーズされた。これは敵国でもあったロシア人女性、クリスタル・ターニャとの禁断の恋のエピソードでもある。戦後80年、自身もこれまで80年間封印してきた逸話というが、本人の許しを得て、ここに解禁する。知られざるシベリア抑留体験記として。
ターニャの父親から、自分の娘と結婚してほしいと懇願されたが、春男さんの意思は固かった。
「私は日本へ帰りたい。日本人だから」
その答えを聞いた父親は「やはりそうか」と肩を落としたが、同時に春男らしいと呟いた。ターニャ自身も春男さんの選択に「ハルオらしいわ」と同調してくれたと記憶しているが、はっきりとは覚えていないという。むしろ、その後の展開が衝撃的で、そちらの記憶の方がより鮮明に残っていたからだ。
■いつもと違うターニャ
それは思いも寄らない知らせだった。ターニャにも転機が訪れようとしていたのだ。その日のターニャは、笑顔が眩しく白い歯が溢れるいつもの彼女ではなかった。会った瞬間から、少し寂しそうで、やや悲しそうな表情を浮かべていた。
「何かあったの?」春男さんが聞いても、彼女は答えなかった。きっと答えられなかったのだろう。
それを察した春男さんは、何も語らず、彼女が話すまで、話せるようになるまで待つことにした。
なぜだろう、この日の沈黙に違和感はなかった。むしろ、この無の時間がお互いの心を整理する時を作ってくれていたのかもしれない。どれくらいの時間が経過したのだろうか。
