1カ月ちょっとの日本滞在からフランスへ帰国。最初の車のイベントは、オートドローム・リナス=モンレリで開催された「Jap’n’Car Festival 2025」だった。今回でなんと7回目。回を重ねるごとにその規模は確実に拡大しており、サーキットを運営するUTACが自らプロデュースするイベントということもあって、運営体制も極めて本格的だ。

UTAC100周年を迎えたモンレリ・サーキット。そのピット裏で、FFSAオフィシャルが一台の三菱GTOに向けて的確なジェスチャーを送る。V6ツインターボに4WD、4WS、アクティブエアロと当時の先端技術を詰め込んだハイテクスポーツは、いまやヤングタイマー世代の象徴。フェスティバルの熱狂の裏側には、こうした静かなプロフェッショナリズムが息づいている。

出走前のドライバーに声をかけるマーシャル。この日はTシャツにもキャップにも日の丸。サーキットを仕切る側にまで浸透する“日本愛”が、このイベントの空気を物語っている。

マーシャルの「DEPART -START-」のサインに応えるように、次々とエンジンが目を覚ます。空ぶかしとともに起こるアフターファイアーが響き渡るたび、観客席から歓声が沸き起こる。これはただのスタートではない——会場全体が熱を帯びてゆく、Jap’n’Car Festivalの真骨頂だ。

初期は小規模な集まりだったが、今では数百台の日本車が集まり、名物となったドリフトデモンストレーションやサーキット走行を目当てに多くの観客が訪れる。モンレリのこの週末は、まさに「日本車が主役の祭典」といった様相だった。

モンレリ・サーキットのピットロードに整列する日本車たち。その先頭を務めるのは、現行型ホンダ・シビックのセーフティカー。ヤングタイマーから最新モデルまで、多彩な国産車がこの週末、サーキットを彩った。

毎年のように訪れていると、出展される車の傾向の変化も見えてくる。かつては漫画やアニメに登場する車両が目立ったが、現在はカスタムベースとしてのポテンシャルやメカニカルな完成度に魅了されて選ばれる、いわゆる「ヤングタイマー」が主軸となっている。1980~90年代の日本で生まれた車たち—GT-R、スープラ、RX-7、NSX、シビックタイプR、AZ-1、センチュリーなど—は、いまやフランスでも確固たるファン層を形成している。

フランスの地で轟くRB26DETTの咆哮。写真はコースイン直前のBNR32型スカイラインGT-R。四輪駆動システムATTESA E-TSとアクティブLSDを備えた、言わずと知れた“ゴジラ”の初代。カーボンボンネットやエアロキャッチ、エンドレス製キャリパーなど随所に施されたアップグレードが、オーナーの確かな審美眼と走りへの執着を物語る。

モンレリのグランドスタンドをかすめるように、複数のBNR32型スカイラインGT-Rが本気のペースで攻める。鋭く立ち上がるRB26の咆哮とともに、フランスのクラブマン・サーキットにあの頃の日本の空気が蘇る。単なる展示ではない、“走らせてこそ”の思想がここに息づいている。

F1の技術と哲学をロードカーへ落とし込む——その理想を、ホンダが実際に形にしてしまったNSX(NA1)。軽量オールアルミボディに縦置きV6、ミッドシップのパッケージング。セナが仕上げたそのシャシーは、現代でもなお説得力を失わない。モンレリの舗装を静かに、鋭く切り裂くその姿に、観る者の時間が一瞬止まった。

V12——それは国を代表する一台にだけ許された誇り。トヨタ・センチュリー(GZG50型)は、日本唯一の量産V型12気筒エンジン・1GZ-FEを搭載した、伝統と技術の結晶だ。漆黒のボディに雅な造形、静けさのなかに潜む圧倒的な威厳。その姿が今、パリ郊外の芝生の上でボンネットを開き、異国の来場者に向けて静かに語りかける。

個人参加が主だった時代から、現在はドリフトチームや輸入ショップ、カスタムガレージの出展が目立ち、プロフェッショナルな視点で日本車と向き合う流れがはっきりと見える。とりわけ、日本からの直輸入車を取り扱う専門ショップのブースが増えてきたのは象徴的だ。

ショップブースに持ち込まれたこのA60セリカXXは、もはや“旧車”ではない。細部まで磨き上げられたボディ、整理されたエンジンルーム、深リムホイールにTOYO PROXES。すべてが現代のクオリティで再構成された、動くレストモッド。Jap’n’Car Festivalのなかでも、これは“見せるプロの一台”だった。

NSXの横にS800、そして現行モデルが並ぶ赤いテントの下——Hondaのブースは、まるで時代をつなぐ小さなミュージアムだった。ミッドシップVTECのアイコン、NA1型NSXは、走りの哲学そのもの。ブランドを象徴する赤と白の空間には、“夢を力に”変えてきた歴史の重みが静かに漂っていた。

フランスでは右ハンドル車が「危険」と見なされて敬遠されがちだったが、今の若者たちはそれを気にしない。むしろ「右ハンドル=日本車らしさ」として積極的に受け入れているようだ。軽自動車のような日本独自のカテゴリーも人気が出ており、スズキ・カプチーノやホンダ・ビートなどが堂々とナンバー付きで展示されていた。

ホンダ・ライフ、ダイハツ・ムーヴラテ、スズキ・カプチーノ……日本独特の軽自動車たちが、右ハンドルのままフランスの地に並ぶ光景が、もはや驚きではなくなりつつある。全長3.4m以下、排気量660ccという規格に込められた合理性と遊び心。それを愛し、理解し、輸入し、登録する人たちがフランスにも確実に増えている。Jap’n’Car Festivalは、それを裏付けるリアルな証言だった。

リトラクタブルの小さなスーパーカー、オートザムAZ-1。そのフロントに掲げられたのは「大阪・暴走族」と記されたパロディナンバー。だがよく見ると、その言葉には赤い斜線が引かれている。これは過去のストリートカルチャーへのアイロニーか、あるいは再解釈か。Jap’n’Car Festivalには、JDMが記号化された今の時代だからこそ成立する“二重の遊び”があふれていた。

そしてこの背景には、日本車そのものの性能や品質以上に、“日本”というサブカルチャー全体に対する関心が根付いていることを強く感じた。たしかに、かつて会場を彩ったアニメやコスプレの要素は控えめになった印象もあるが、それは日本の文化が一過性のブームを超え、本質的な価値として定着してきたことの証でもある。

Jap’n’Car Festivalとは?
Jap’n’Car Festivalは、フランス・リナス=モンレリの歴史あるサーキットを舞台に、毎年開催される日本車専門のモーターフェスティバルだ。走行会、パレード、ドリフトショー、展示といった“動と静”を融合させたイベント構成により、幅広い層のファンを惹きつけている。

2025年の今回は、1980~90年代に生産されたヤングタイマーたちが主役。GT-RやZ、AE86、RPS13、インプレッサWRXといった名車たちが勢揃いし、熱心なファンやカメラマン、そして多くの家族連れがその姿に見入っていた。

DATSUNロゴを纏ったS130型・280ZXがピットロードに佇む。S30の流麗さを受け継ぎつつ、よりGTカーとしての快適性と洗練を求めた第2世代Z。1980年代初頭の空気感を今に伝える一台であり、フランスにおけるZファミリーの認知と定着を象徴する存在でもある。雨粒を受けたボディが静かに語るのは、時間を超えて愛され続ける“デザインの重み”だ。

スバルのWRC黄金時代を彷彿とさせるGDB-F型インプレッサ WRX STI。プロドライブ製のボディキットに、かつてソルベルグやマクレーが纏ったワークスカラーが映える。EJ20型水平対向ターボとシンメトリカルAWDの組み合わせは、ラリーステージを飛び出し、フランスのクラブマン・サーキットでも圧倒的な存在感を放つ。

フランスで育つ“もうひとつの日本”
フランスは、世界的に見てもトップクラスの“日本大好き国”だ。だが、単なる模倣に留まらない。すでに日本の食文化の多くは、フランスの食卓や日常に溶け込み、独自のスタイルとして進化を遂げている。寿司もラーメンも、いまやフランス流の解釈と共に新しい道を歩み始めている。

それと同様に、日本車もまた、ここフランスで新たな文化として根付きつつある。単なる「外来車」ではなく、フランスの若者たちのライフスタイルや価値観の中に、ひとつの象徴として存在するようになったのだ。

「ヨコハマ」「大黒埠頭」「TEMPLE OF SPEED」——これは地名の羅列ではなく、日本のJDMカルチャーにおける聖地巡礼の符号だ。横浜港の一角にある大黒パーキングエリアは、数十年来の夜間ストリートチューニング文化の震源地。そこを“スピードの聖堂”と崇めるこのメッセージは、フランスにいながらも、確実に日本の空気を背負って走っている証しだ。

この淡いマットピンクのデルソルは、ただのカスタムではない。女性オーナーが手をかけて育てたこの一台は、JDMの世界に「かわいさ」や「個性」も許容する自由さを持ち込んだ存在だ。ストラップのピンク、桜のステッカー、そして優しくも鋭いフロントマスク。Jap’n’Car Festivalに咲いたこの一輪は、文化としてのJDMの進化を静かに語っていた。

モンレリのサーキットが、日本車と日本を愛する熱気で埋め尽くされるなか、ふと気づいた。会場で日本人を見かけることはほとんどなく、もしかすると僕ひとりだったかもしれない。この熱狂の中で、僕がふと“異邦人”のように感じたのは、そのせいなのかもしれない。

だがそれは寂しさではなく、日本がここまで届いているのだという誇りでもある。フランスで育ちつつあるもうひとつの“日本”を、こうして目の当たりにできる喜びが、何よりも大きい。

写真・文:櫻井朋成 Photography and Words: Tomonari SAKURAI

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