太平洋戦争末期に空襲で亡くなった犠牲者を弔おうと、宮崎県延岡市の島野浦学園の子どもたちが、慰霊碑を清掃しました。
1945年5月2日、延岡市の離島島野浦島でアメリカ軍の空襲があり、島野浦国民学校の4人と住民2人が亡くなりました。
28日は、島野浦学園の小学5年生から中学2年生までの合わせて10人が、旧島野浦小学校の敷地にある「学童戦災之碑」を磨いたり、周辺の落ち葉を集めたりして清掃しました。そして石碑に花を供えた後、全員で黙とうして犠牲者の冥福を祈りました。
(生徒)
「僕たちみたいな人たちが亡くなるなんて考えられないから、とても悲しいです」
「素敵な未来があったのに、悲しい」
「みんなが幸せに暮らせるような未来になってほしいと思います」
島野浦学園では、今後、空襲についての学習も行って、戦争の記憶を継承することにしています。
