6月12日のエア・インディア(AI)171便の墜落事故で、 ボーイングが誇る最新鋭のジェット旅客機は、離陸後わずか32秒で悲劇に見舞われた。墜落に至った原因解明の鍵は、事故調査報告書のタイムラインに埋もれた、戦慄の10秒間にあるかもしれない。

  操縦を監視していたスミート・サバルワル機長と、実際に操縦していた副操縦士クライブ・クンダー氏は、2人とも十分な休息を取り、定例の呼気検査でも異常がなかったことから、勤務可能とされた。現地時間6月12日午後1時38分、AI171便のボーイング787ドリームライナーは、アーメダバード空港の滑走路を離陸し、ロンドンへ向かって飛び立った。

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  約3秒後、乗員乗客合わせて242人を乗せた機体は、記録上の最高速度に達した。だがその直後、わずか1秒の間に、両エンジンの燃料スイッチが「ラン(運転)」の位置から「カットオフ(遮断)」に切り替わった。操縦席では混乱が生じ、1人のパイロットが「なぜ燃料供給を止めたのか」と問い、もう1人が自分は止めていないと答えた。

  その後、事故調査の暫定報告書に記されたタイムラインによると、最初の燃料スイッチが再び「運転」位置に戻されるまでに10秒、続いて2つ目のスイッチが元に戻されるまでにさらに4秒を要したとされる。ただ、報告書ではどちらのパイロットが発言したのか、また、事故までの間に交わされたその他の会話については、明らかにされていない。

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  米連邦航空局(FAA)で検査官や事故調査官を務めていたマイケル・ダニエル氏は「この10秒間は極めて重要だった。機体はあまりに低空かつ低速で、推力を得て上昇するためにエンジンを再点火する余裕がなかったからだ」と語る。

  同氏は「1人のパイロットが意図的に燃料を遮断し、その後で思い直したのか。それとも単なる操作ミスだったのか。実際に何が起きたのか、なぜ起きたのかを解明する上で、人為的要因が最大の焦点となるだろう」と述べた。

  エア・インディアのキャンベル・ウィルソン最高経営責任者(CEO)は今月、従業員向けのメモで、暫定報告書は「より明確な情報を提供すると同時に、新たな疑問も浮かび上がらせた」とした。事故後、同社は自社機への安全点検を実施したが、異常は確認されなかった。

  ネパール航空の元上級機長で訓練部門責任者を務めたP・P・シン氏は、「エンジン故障が飛行初期に発生したため、1秒ごとの判断が極めて重要だった」と語る。同氏によると、エンジンが再び離陸推力を発揮するには数秒かかるため、即座に燃料遮断の操作を元に戻す必要があった。

精神的「フリーズ」

  ブルームバーグ・ニュースは、過去に事故調査に関わったことのあるパイロットや航空専門家6人と接触し、この10秒間にコックピット内で起きた可能性のある状況について話を聞いた。多くは匿名を条件に取材に応じており、通常は事故発生から12カ月以内に公表される最終報告書に先だって結論を出す意図はないとしている。

  両エンジンが突如停止した場合、操縦席内では即座に複数の警報が作動する。音声アラートに加え、電子音とともにコントロールパネル上で黄色の警告灯が点滅し、パイロットに二重の停止を知らせる仕組みがある。

  アラーム音が鳴り響く中で、燃料スイッチの再投入が遅れた背景について、パイロットらは、「スタートル効果」と呼ばれる心理的な反応が起きた可能性を指摘している。

  専門家によると、この現象は、極度の緊張状態や未知の事態に直面した際に、一時的に思考が停止する、精神的な「フリーズ」状態だ。特に、離陸直後に両エンジンが同時に停止するというのは極めてまれで、警報音が鳴り響く中で両エンジンの停止を目の当たりにした衝撃が、操縦士の対応にわずかだが致命的な遅れをもたらした可能性がある。こうした遅れは、すでに限られていた対応時間をさらに縮める要因となった。

エア・インディア機の墜落事故を巡り、燃料スイッチ遮断からの10秒間に、事故解決の鍵が潜んでいる可能性がある

Source: Bloomberg

  最初の衝撃から立ち直り、操縦が機長の手に移った段階で、乗員らは燃料スイッチをリセットしてエンジンを再始動しようと試みたとみられる。これは、飛行中のエンジン停止に対する標準的な対応手順だ。

  報告書によると、パイロットらは両方のスイッチを「運転」の位置に戻すことには成功していた。だがその時点で、回復のための猶予はすでになくなっていた。

  離陸から26秒後、パイロットの1人が緊急事態を宣言する無線通信「メーデー、メーデー、メーデー」を発信した。管制官は応答したが、もう返答はなかった。管制官の目の前で、機体は空港外縁部に墜落し、乗客・乗員、地上にいた住民ら計260人が死亡した。

原題:Ten Lost Seconds: The Ominous Gap in the Air India Crash(抜粋)

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