公開日時 2025年06月12日 05:00

グスクの「刻印石」紹介 上原靜沖国大名誉教授 沖縄史跡整備協大会で記念講演
沖縄地区史跡整備市町村協議会大会で記念公演する上原靜沖縄国際大名誉教授=5月23日、中城村の吉の浦会館

この記事を書いた人

アバター画像
琉球新報朝刊

 【中城】沖縄地区史跡整備市町村協議会(会長・中村正人うるま市長)の第49回大会が5月23日、中城村の吉の浦会館で開かれた。31市町村から首長や文化財担当職員ら約100人が参加。上原靜沖縄国際大学名誉教授が「石垣刻印と普請」と題して記念講演した。中城城跡の調査で19種類が発見された「刻印石」について紹介し、古来の石工技術の高さをたたえた。
 中城城跡で見つかった「刻印石」は、築石1個につき「T」「H」「F」「L」などアルファベットのような単純な符号や、「△」「(」のような形状が刻まれる。
 県内ではほかに首里城の城壁でも27種類が見つかっており、琉球王朝時代前のグスク時代、14世紀後半から15世紀前半に出現したとされる。日本国内の城普請に影響したと考えられ、グスク時代から200年ほど後、関ヶ原の戦い以降の17世紀の西日本の城で見られる。それらは符号だけでなく、文字もあるのが特徴だという。
 刻印石からは、グスク時代に城づくりの名工集団がいたこと、そして「権力者との関連というよりは、採石や石材加工の工人や城普請の作業にかかわる印鑑のような役割だったことがうかがい知れる」と上原名誉教授は語る。西日本地域の築城の石垣に見られるのは符号だけでなく文字もあり、大名の家紋や旗印などが含まれ、グスク時代とは異なる社会制度のあり方が分かるという。
 琉球王朝時代に入ると石工業が全盛を迎え、政治的な変化による石工集団の再編もあったと考えられ、グスク時代の刻印は消えて後世にも伝えられなかった。
 上原名誉教授は「大雨などで先に崩れるのは後で修復したところから」などと例を挙げ、古来の石工技術の水準の高さを指摘した。
 沖縄地区史跡整備市町村協議会大会では、地域の文化財をまちづくりに生かしながら継承するため、史跡などの買い上げの充実、整備活用事業の拡充、発掘調査等の充実を県内市町村に求める大会決議を採択した。
 文化財保護に長年貢献したとして上原名誉教授、浜田京介前中城村長、井上秀雄県立芸大名誉教授(故人)が表彰された。
 参加者らは中城城跡での視察も行い、交流を深め合った。(石井恭子)

Share.