
左から梨田昌孝、有田修三
優勝するような強いチームにはどの時代にも名捕手が存在する。打力も備え、どちらがレギュラーでもおかしくない実力者だった2人。強気なリードが武器の有田と強肩が特徴の梨田の「ありなしコンビ」は、1つしかない司令塔の座を高いレベルで争い、猛牛軍団を支えていた。(原題:[猛牛ドキュメント]有田修三&梨田昌孝「鬼嫁を演じ、良妻を貫き」)
ありなしコンビ――そう呼ばれたのは、1973年から1985年までの13シーズン、近鉄バファローズに在籍していた2人のキャッチャーだ。
有田修三と梨田昌崇(のちに昌孝)。
“ありた”と“なしだ”で“あり・なし”コンビは、違うチームにいたらそれぞれがレギュラーを任されたに違いない実力派のキャッチャーだった。実際、有田は2度、梨田は4度、ダイヤモンドグラブ賞を獲得している。その間、キャッチャーとして出場したのは有田が841試合、梨田が1036試合。近鉄がリーグ優勝を成し遂げた2度のシーズン、いずれも第7戦まで戦った日本シリーズを見れば、1979年のスタメンは有田が4試合、梨田が3試合、1980年は有田が2試合、梨田が5試合。1つのポジションにレギュラー1人が当たり前の時代、2人は13年もの間、併用されてきた。
つまり、彼らはキャッチャー併用の先駆けだった、というわけだ。
梨田「いやいや、“ありなしコンビ”を一緒にするなという気持ちはあるよ。だって最近の併用されているキャッチャーとはレベルが違うでしょ。打つことだけ見てもアリさん(有田)とオレは2人で30本以上のホームランを打ってる年もあったんだから(1980年、有田16本、梨田15本)。
有田「今の併用はすべてにおいて足らんものが多すぎるということなんやろうね。みんな、守りもそこそこ、打つのもそこそこ。“有田と梨田”はそういう併用じゃないやん。オレらとは意味がまったく違う。それぞれ1人でやろうと思ったらできるのに、2人がいたほうが力強いって、西本(幸雄、当時の近鉄監督)さんはそう思ってたんちゃうかな」
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