南画と抽象画を融合させた魯牛の「突兀」(いずれも足利市通の市立美術館で)南画と抽象画を融合させた魯牛の「突兀」(いずれも足利市通の市立美術館で)細い線で理想郷を描いた魯牛の南画「寒江」を説明する手呂内さん細い線で理想郷を描いた魯牛の南画「寒江」を説明する手呂内さん 足利市通の市立美術館で、今年4月に開館30周年を迎えたことを記念した展覧会「コレクション展」が開かれている。中国南宗画などを日本風にアレンジした「南画」に終生取り組んだ足利市出身の画家、大山魯牛(1902~95年)の作品を中心に、南画の世界を存分に味わえる内容となっている。(橋爪悦子)

 「南画」は、中国の高級官僚が趣味で始めた絵画が日本で独自に発展したもので、池大雅(1723~76年)が火付け役となり、江戸時代後期から日本国内で大流行した。 今回の展示では池大雅から現代作家の作品まで74点が展示されているが、その中でも柱となっているのが、同市育ちで「最後の南画家」とも呼ばれる明治生まれの画家・大山魯牛の作品だ。それまでの南画が、その源流である中国の文官を描いている作品が多い中、魯牛の作品には釣り人や農家など身近な存在が登場して親しみを感じやすく、うねりのある山や木々が細い線で描かれているのが特徴だ。 すでに南画が廃れつつある時代に登場した魯牛は戦後、大きなスランプに陥った。今回の展示でも、複数のネコを描いた「遊ぶネコ」では原色や太い線を多用するなど混乱ぶりを作品から読み取ることができる。 魯牛はその後、欧米の絵画から目に見えないものを描く「抽象画」のスタイルを学び取り、南画との融合で突破口を見いだした。 足利市を描いた「故山の図」では、渡良瀬川や中橋、浅間山などを写実的に描きながらも、山や田畑の一部が見る者によって見え方が異なる抽象画の要素を取り入れて描かれている。
 同館では作風の違いを感じ取ってもらうため、展示室入り口に1925年頃に制作した南画「寒江」と60年代初頭に南画と抽象画を融合させた「
突兀(とっこつ)
」を並べた。

 担当学芸員の
手呂内孝憲(てろうちたかのり)
さん(29)は「魯牛が抽象画に出会い、作風に劇的な変化がみられていく過程が面白いので、ぜひ見比べてほしい」と話している。
 コレクション展ではこのほか、約50年間、画商として現代美術を支え、同館に900作品以上を寄贈している浅川邦夫氏のコレクションの中から、各作家の未公表作品も公開している。 6月末まで。午前10時~午後6時。月曜休館。一般710円、大学・高校生500円。中学生以下無料。問い合わせは同館(0284・43・3131)へ。南画と抽象画を融合させた魯牛の「突兀」(いずれも足利市通の市立美術館で)細い線で理想郷を描いた魯牛の南画「寒江」を説明する手呂内さん

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