【エルサレム=福島利之】中東の地域大国であるイスラエルとイランは、約45年にわたり対立してきたが、直接攻撃し合ったことはなく、双方の関係は「冷戦」と表現されてきた。イスラエルが19日のイラン攻撃を認めれば、本土攻撃の応酬は史上初めてとなる。
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イスラエル国旗(左)とイラン国旗(いずれもロイター) 「イスラエル建国からイランで革命が起きるまで、イランは中東地域で最も信頼できる国の一つだった」――。イスラエルの対外情報機関モサドの元長官エフライム・ハレビ氏はそう指摘する。
1948年建国のイスラエルと、イランとの対立は79年のイランでのイスラム革命が起源だ。革命で打倒された親米のパーレビ王政は、同じく米国を後ろ盾とするイスラエルと良好な関係を築き、
諜報(ちょうほう)
でも協力してきた。
19日、テヘランの建物に掲げられる反イスラエルの大きな看板=AFP時事 しかし、イスラム革命で関係は劇的に変化した。イランの革命体制は、イスラエルをイスラム教の聖地エルサレムを占領した敵とみなし、存在も否定する。 イスラエルがイランへの警戒感を強めるきっかけになったのが2002年に浮上した核開発疑惑だ。ベンヤミン・ネタニヤフ首相は、イランの核施設への攻撃も辞さない構えを示してきた。 さらに、11年の民主化運動「アラブの春」で、シリアやイエメンが内戦状態となったことに乗じてイランは武装勢力への支援を強化した。レバノンのイスラム教シーア派組織ヒズボラも加え、イスラエルは、イランが支援する武装勢力に囲まれるようになった。 それでも、双方とも直接衝突は避けてきた。イスラエルは戦闘が中東全体に広がることは避けたい。体制維持を最優先するイランにとっても、米国が後ろに控えるイスラエルとの全面戦争は回避したい思惑があるとみられる。
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