(c)池上直哉/東京・春・音楽祭2024
コロナ禍で持ち越されていた東京・春・音楽祭ワーグナー・シリーズ「トリスタンとイゾルデ」(演奏会形式)が日の目をみた。王の
甥(おい)
トリスタンと王妃イゾルデが、許されぬ愛に身を焦がした末に死を迎える物語。舞台上の管弦楽(NHK交響楽団)やソロ楽器の
精緻(せいち)
な演奏と共に、まずは指揮マレク・ヤノフスキの透徹した構成力に舌を巻いた。
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早くも前奏曲で道筋が見えてくる。愛想ひとつない厳しいテンポで始め、佳境に入ると響きを深く受けとめ沈める。しかもこの構想は、焦燥に満ちた幕開けから
爛熟(らんじゅく)
した音楽を浄化に導く幕切れへと、全編に拡大されているように思われた。
歌手も
錚々(そうそう)
たる顔ぶれだ。指揮を見づらい立ち位置なのか連携がとりにくそうな場面はあったが、忠臣クルヴェナール役マルクス・アイヒェの鮮やかな口跡や、マルケ王役フランツ=ヨゼフ・ゼーリヒの風格ある深い声は耳の
贅沢(ぜいたく)
。密告者メロート役の甲斐栄次郎らもよく通る声で場を引き締める。
しかしなにより驚いたのはトリスタン役のスチュアート・スケルトン=写真手前右=だ。同役に要求される頭抜けた声量と持久力のみならず、全体を見てバランスをとる知性と品格を兼ね備えている。たとえば、
猛(たけ)
り狂っても繊細さと
慎(つつ)
ましさがまさるイゾルデ役ビルギッテ・クリステンセン=同左=と相対する時は、声をやわらげそっと寄り添う。
さらには終幕。生死の境でイゾルデを待ち焦がれる場では澄んだ弱音で、錯乱状態のモノローグでは渦を巻いて荒ぶる管弦楽を背に、むしろノーブルな声で歌ったのである。すると高潔な騎士の
佇(たたず)
まいと、外からはうかがい知れぬ激烈な心の、両面が浮かびあがる。心理を垂直に掘り下げる特異な作品の解釈として、きわめてまっとうで、美しかった。
(音楽評論家・松平あかね) ――3月30日、上野・東京文化会館。
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