大相撲で史上初めて外国出身横綱となり、プロレスラーに転身した米国・ハワイ州出身の曙太郎(あけぼの・たろう)氏が今月、心不全で死去したことが11日にわかった。関係者が明らかにした。54歳だった。告別式は家族葬で行う。

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曙太郎氏(1999年撮影)曙太郎氏(1999年撮影) ハワイ出身の先輩でもある元関脇高見山の渡辺大五郎さん(元東関親方)にスカウトされ、1988年春場所、若乃花、貴乃花(当時は若花田、貴花田)兄弟らと同時に初土俵。2メートルを超える巨体から繰り出す突き押しを武器に番付を上げ、90年春場所に新十両、同年秋場所で新入幕を果たした。若貴兄弟らと激しく出世競争を繰り広げ、93年初場所後に第64代横綱に昇進した。貴乃花とは数々の名勝負を繰り広げ、11度の幕内優勝を飾った。2001年に現役を引退した。

曙太郎氏(右)=2013年2月8日撮影曙太郎氏(右)=2013年2月8日撮影 現役中に日本国籍を取得しており、引退後は親方として日本相撲協会に残っていたが、03年11月、協会を突然退職し、総合格闘技「K―1」への参戦を表明。デビュー戦となった同年大みそかのボブ・サップ戦でKO負けした試合は大きな話題となった。

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