能登半島地震では、停電が長期化した影響で情報インフラが機能を失い、多数の被災者が外部の情報から遮断される「情報難民」となった。信頼性の高い情報を被災者にどう提供するか。国や企業は対応を急ぐ。(小野寺経太、鈴木貴暁)
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「震えが止まらず」 「自分たちだけが別世界にいるようだった」
道路の寸断で孤立集落となった石川県輪島市大沢町で、10日間を自宅や避難所で過ごした
谷内(やち)
重勝さん(75)と妻の圭子さん(76)は、一切の情報が遮断された状況をそう振り返った。
2次避難先のホテルで「情報難民」となった当時を振り返る谷内重勝さん(3月10日、石川県加賀市で) 元日夕、自宅は激しく揺れ、テーブルの下に身を隠すことすらできなかった。家の外に出ると、海水が沖合にサーッと引いていった。「津波が来る」。すぐに高台に向けて走った。
ラジオや予備の電池は常備していた。しかし電波は全く入らない。スマホもつながらない。防災無線の放送も聞こえなかった。 余震のたびに震えが止まらなかった。「今の揺れの震度は?」「津波は来るのか?」。停電でテレビはつかず、いつもなら当たり前のように入手できる情報が得られない。その不安が恐怖を増幅させた。 救助に来た自衛隊から被害の状況を知らされたのは1月5日だ。同11日にヘリで救助された。再会した長女から、自分たちが「行方不明者」になっていたと知らされた。谷内さんは「人は情報があることで安心できる。そのことが身に染みてわかった」と語る。 輪島市上山町の自宅で被災し、近くの農業用ハウスに避難した住吉一好さん(74)も情報難民となった一人だ。避難先にはテレビやラジオがなく、スマホも使えず、防災無線も聞こえなかった。2日目に別の被災者から借りたラジオで、「輪島朝市」で火災が起きたと知った。
「地区の外の様子が分からず、本当に不安だった」と語る住吉一好さん(3月5日、石川県輪島市で)=佐々木紀明撮影 災害から4日目、救助に訪れた自衛隊から衛星携帯電話を渡されたが、緊急時以外の使用はできない。道路や電気、ガス、水道、通信の復旧状況の詳細は分からないまま約2週間を過ごした。 住吉さんは「周囲の状況を知ることで、『他にも頑張っている人がいる。自分だけではない』と前向きに捉えられる。当時はそういう心理的な支えもなく、つらかった」と振り返った。基地局維持へ対策 情報が十分行き渡らなかったのは、最大4万戸に上った停電がおおむね復旧するまでに、1か月ほどかかったことが背景にある。停電が長期化した影響で、被災者が情報を受け取るテレビやラジオの使用が困難となったほか、被災者に向けて情報を発信するテレビやラジオの中継局、携帯電話の基地局も復旧が遅れた。 経済産業省の資料によると、2011年の東日本大震災では、停電は発生から1週間、16年の熊本地震も5日ほどで復旧している。 停電が起きても情報インフラを維持するため、国や企業は対策を進めている。 能登地震では、停電や地震による破損で最大839の携帯電話の基地局が機能を停止し、応急復旧までに2か月以上を要した。携帯電話各社では、電気自動車や太陽光発電の活用などで、停電時に機能を維持する実証実験を始めた。人工衛星による通信網の導入も進める。 輪島市内のテレビ中継局では、非常用バッテリーの枯渇で停波するケースが相次ぎ、回復までに最大23日間を要した。バックアップ機能の強化が課題として浮かぶ中で、総務省の担当者は「災害時にも放送を継続できるように、NHKと民放による中継局の共同利用などを進めることも選択肢となる」と語る。「情報十分届かず」100人中65人
読売新聞が被災者100人に取材したところ、65人が「地震や避難生活の情報が十分に届かなかった」と回答した。地震が発生した当日に「全く情報が得られなかった」と答えた人も14人おり、6人は3日間以上、その状態が続いた。
現地で被災者はどのように情報を得ていたのか。情報収集手段について複数回答で聞いたところ、発生初日は「人づて」が最も多い38人で、「ネットニュース」26人、「ラジオ」22人、「防災無線」19人、「テレビ」18人の順だった。 2日目以降は「人づて」が76人、「テレビ」が46人となったほか、「LINE」が初日の8人から32人に急増。「新聞」も27人となった。LINEの利用者が伸びたのは、自治体が公式アカウントで支援情報の発信を強化したためとみられる。 東北大の佐藤翔輔准教授(災害情報学)の調査によると、熊本地震(2016年)や西日本豪雨(18年)では、被災者の最大の情報源はテレビで、利用者は8割近くに上った。 佐藤准教授は「能登地震では、全く情報が入らない状態に陥った被災者が近年まれにみるほど多かった。テレビによる情報提供が限定的だったためで、テレビやラジオ、新聞など信頼できるメディアの情報をいかに届けるかが課題として浮かんだ」と語った。
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取材の概要
=取材は2月15日~22日、記者が対面と電話で男性56人、女性44人の計100人に行った。回答者の居住地は石川県の奥能登4市町(輪島市、珠洲〈すず〉市、能登町、穴水町)で、25人ずつに聞いた。年齢は20歳代2人、30歳代4人、40歳代18人、50歳代18人、60歳代25人、70歳代29人、80歳代3人。1人が年齢を回答しなかった。
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