2026年9月10日、パシフィコ横浜で第4回となる国際アートフェア「Tokyo Gendai」が開幕した。今年は5つのセクターに国内外から69のギャラリーが出展。デジタルメディアに焦点を当てた「Tane ʻSeed’」セクターが2年ぶりの復活するなど、現代アートの動向を多角的に紹介している。
写真をはじめとする紙を媒体とした作品や印刷物に特化したセクター「Miki ‘Trunk’」も新設された。フェアディレクターの高根絵里はその意図について、「エディションやプリントになると少し値段が下がるため、よりアクセシブルになる」と説明。さらに「データを見ると、日本では紙の作品を購入するコレクターがペインティング作品を購入する層と同程度に高いことがわかりました。伝統的にも紙の文化に親しみがあるため、心理的ハードルが低いのではないかと考えられます」と明かした。
メインとなるギャラリー展示と並行して、会場内で展開されるプログラムも多岐にわたる。サイトスペシフィック・インスタレーションやパフォーマンスなど、大型作品を展開する「Sato ‘Meadow’」や、昨年創設された、新進アーティストを選出して賞金を贈呈する「Hana Artist Award」も継続。ヴェルニサージュではライブペインティングやパフォーマンスも行われ、大いに賑わった。また、ブルックリン美術館キュレーターのキンバリー・ガントや建築家の青木淳らを迎えたトークイベント「Art Talks」も、会期を通じて行われる。
来年からは、Tokyo Gendai共同創設者のマグナス・レンフリューが「切望していた」と語る11月開催となり、会場も、東京の「有明GYM-EX」へ移ることが発表された。パシフィコ横浜での開催は今回が一つの区切りとなる。以下、今年のハイライトと注目のブースをレポートする。
1. Max Gómez Canle/W-Galería(マックス・ゴメス・カンレ/W・ガレリア)
アルゼンチンのブエノスアイレスから初参加となる「W-Galería」。2016年にWalden Galleryとして始動した同ギャラリーは現在、1600平方メートルの展示空間「W-Galería」に加え、旧アート&コミュニケーション・センター(CAyC)の建物を活用するアーカイブ施設「W-Archivo」、ウルグアイの自然環境と結びついたプロジェクト拠点「W-Naturae」という3つのスペースを展開し、制作、リサーチ、出版などを横断する活動を行っている。
そんな同ギャラリーによる「Hana ʻFlower’」セクターでの展示は、ブエノスアイレス出身のマックス・ゴメス・カンレ(Max Gómez Canle)の個展。自分の実践を『「システム」、あるいは「検索エンジン」』と語るカンレは、ルネサンスやポンペイの壁画、ラテンアメリカの幾何学的抽象絵画、ビデオゲームや絵文字などを参照しながら絵画の可能性を拡張してきた。
一方、今回目を引いたのは花崗岩そのものをカンヴァスとして用いた《Sin título(無題)》(2024)。画面には古典絵画や遺跡などが緻密に描き込まれ、異なる時代が共存する。風景が単なる自然の描写ではなく、石が運ぶ労働や移動の記憶を通じ、想起される場所と同じ物質的な現実を共有するタイムカプセルを構築したかのような作品である。(Asuka Kawanabe)
2. Lauren Quin/Pace(ローレン・クイン/Pace)
Tokyo Gendaiには3度目の参加となるPaceは、ロサンゼルスを拠点に活動するローレン・クイン(Lauren Quin)の新作11点を紹介。抽象と具象のあいだを行き来するようなクインの作品は、絵具を重ねるだけでなく、表面を削り、溝を刻み、モノプリントによるインクを織り交ぜるなど、加算と減算を「執拗なまでに」繰り返すことで複雑な画面がつくり出される。身体や内臓、植物、風景を思わせる有機的な形態と色彩、線が幾重にも重なり合う。本人は「小さな断片同士がどのように結びつき、一つの全体を形づくるのか」に関心があると語る。
普段は大型の作品を多く手がけるクインだが、今回のTokyo Gendaiでは、日本の住環境を意識した小さなサイズの新作も複数発表。その人気を裏付けるように、ヴェルニサージュが始まる頃には大半の作品がすでに売約済みとなっていた。(Maya Nago)
3. 張徐展/双方藝廊(ジャン・シュウ・ジャン/Project Fulfill Art Space)
Photo: Masaki Yato/ ARTnews JAPAN
アニメーションやVRなどデジタルメディアを用いた作品に焦点を当てる「Tane ‘Seed’」セクターでは、台湾を拠点とするProject Fulfill Art Space、Chi-Wen Gallery、Double Square Galleryの3ギャラリーが映像作品を共同で紹介。Project Fulfill Art Spaceからは、アニメーションや映像、インスタレーションを手がける台湾人アーティスト、ジャン・シュウ・ジャン(Zhang Xu Zhan/張徐展)の《Termite Feeding Show》が出品された。
環境変化によってシロアリが電線を食べるようになり、大規模な停電を引き起こしたというニュースに着想を得た本作は、ジャンにとって初めて実写とストップモーション・アニメーションを組み合わせた作品だ。人間が扮するシロアリたちが、音楽に合わせて獲物である電線を解体し、絶縁体を剥ぎ、内部の銅線を取り出して料理へと仕立てていく一連のプロセスを、奇妙な饗宴として描く。気候変動による生態系の変化を起点に、人間と昆虫、人工物と食物の関係を反転させた寓話的な映像作品となっている。(Naoya Raita)
4. TAEX
同じく「Tane ʻSeed’」セクターでは、ロンドンを拠点に、アーティスト、キュレーター、コレクターを結び、デジタルアートの展示から共同制作、販売までを手がける領域横断型のプラットフォーム「TAEX」が、4組のアーティストを紹介している。
例えば、アイルランド出身のコンセプチュアル・アーティスト、ケヴィン・アボッシュは、膨大な画像データを学習したAI(拡散モデル)を用い、アルゴリズムを意図的に誘導したり、時にあえてハルシネーションを活かすことで、リアルとフェイクのキメラを構成する合成写真を発表。また、同じブース内ではライアン・クープマンズ&アリス・ウェクセルによる《Natural Order》も展示されている。実在する廃墟の3Dデータにデジタル上の植物を増殖させた仮想風景の映像は、人工物が朽ち、自然に飲み込まれていく架空の姿を描く。
さらにTAEXは、半世紀以上にわたりパフォーマンスアートを牽引してきたマリーナ・アブラモヴィッチの映像作品《Slow Walking》(2026)を大型インスタレーションを展開する「Sato ‘Meadow’」セクターに出品。今年、ヴェネチアのアカデミア美術館で没入型プロジェクションとして発表されたアバター・パフォーマンスが、LED画面で日本に上陸している。(Asuka Kawanabe)
5. Saruchudu Yiru/Marco Gallery(サルチョード・イル/Marco Gallery)

大阪を拠点とするMarco Galleryは「Sato ‘Meadow’」セクションで、モンゴル草原で育った「木彫家/空間アーティスト」、サルチョード・イル(Saruchudu Yiru)のインスタレーションを発表した。
どこかお守りを彷彿させる、馬や人間、狼などを簡略化した粗削りな木彫作品で知られるサルチョード・イル。木を完全に磨き上げて形態へ従属させるのではなく、樹皮や木目、チェーンソーや鑿の痕跡をあえて残すのが特徴だ。幼い頃から馬に乗って草原を移動し、風や寒さ、大地の起伏、動物の気配を身体で感じながら育った経験が、その制作の根底にある。シャーマニズム的な「すべてのものには生命がある」という考え方から、木そのものにも生命や「温度」を感じているという。
作品に頻繁に登場する馬には身体性や生命を、翼を持つ狼には不可視の世界や霊性を重ねる。今回のインスタレーションでは、それらを円環状に配置することで、生/死、可視/不可視、自然/人間のあいだを循環するエネルギーを表現している。会場では、ARTnewsの「TOP 200 COLLECTORS」にも名を連ねる高橋龍太郎が熱心にイルの話に耳を傾ける姿も見られた。(Maya Nago)
6. Bangkok CityCity Gallery(バンコク・シティシティ・ギャラリー)
Photo: Masaki Yato
Tokyo Gendai初参加となるBangkok CityCity Galleryは、アートのみならず映画や漫画まで、幅広い表現を扱うギャラリーで、写真に特化したブースを展開。アピチャッポン・ウィーラセタクン、ミティ・ルアンクリティヤ、タナチャイ・バンダサック、チャンタナー・ティプラチャート、ハリット・スリカオらタイ出身の5作家を紹介する。映画監督としても世界的評価を得るアピチャッポン・ウィーラセタクンは、新作映画のリサーチで訪れたスリランカの記録写真にドローイングを施した。チャンタナー・ティプラチャートは伝統的なロケット祭りの熱狂を大気中の儚い煙の痕跡へと変換。またタナチャイ・バンダサックは、博物館の展示写真についた見学者の無数の引っかき傷ごと再撮影し、物理的な痕跡を写真作品に落とし込んでいる。
ここにミティ・ルアンクリティヤの人工風景の定点観測や、ハリット・スリカオの不穏な夕暮れも加わり、「Still Moving」という展示タイトルが指す通り、静止画(Still)に確かな時間の運動(Moving)を刻むポエティックなブースが広がっていた。(Asuka Kawanabe)
7. Zac Langdon-Pole/Lett Thomas(ザック・ラングドン=ポール/レット・トーマス)
ニュージーランド・オークランドを拠点とするLett Thomas(レット・トーマス)では、地元の作家、ザック・ラングドン=ポール(Zac Langdon-Pole)の「Assimilation Study」シリーズが並ぶ。小石やほかの貝殻などを自らの殻に付着させる習性を持つクマサカガイに、星や三角形、丸などの形をした木製ブロックを組み合わせ、貝殻の開口部には磨かれた隕石をはめ込んでいる。
ギャラリーの解説によれば、ブロック、貝殻、隕石という異なる由来やスケールを持つ素材を、形態や配置の類似によって結びつけているという。貝殻の螺旋は渦巻き銀河と呼応し、その開口部に隕石を収める構成は、子どもが型はめブロックで遊ぶときの動作にも重なる。
作品は壁に固定され、それぞれの素材もしっかりと接着されているが、一見するとわずかな力でばらばらになりそうな危うさをはらむ。本来なら出会うことのなかった自然物、人工物、さらには宇宙から飛来した物質をひとつのオブジェへと「同化」させることで、それぞれの形や由来のあいだに思いがけないつながりを生み出している。(Naoya Raita)
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