あなたの住む町、海抜58m以下だったら、地図から消えるかも……。
地球上で最も大きな淡水貯蔵庫である「南極氷床」。温暖化の進行によって、氷床融解の連鎖が起こる可能性が見えてきました。もし南極氷床がすべて融ければ、なんと世界の海面は約58m上昇するといわれています。
国立極地研究所の研究者である菅沼悠介氏が、過去の南極氷床の変動を紐解き、急激な氷床融解のメカニズム、そして今後の海面上昇をまとめた注目の書『南極の氷から探る地球大変動』(講談社ブルーバックス)。
南極氷床の変化とその原因、そして将来の見通しとは。本シリーズでは、その興味深いトピックを、厳選して公開していきます。
今回は、南極大陸の全体像を俯瞰し、それを取り囲む海洋についての解説をお届けします。氷床が覆う南極大陸の超低温が、どのように維持されているのかが見えてきます。

*本記事は、『南極の氷から探る地球大変動 氷床融解の連鎖はいつ、どのように起こるのか』(ブルーバックス)を再構成・再編集したものです。
大陸に囲まれた海と、海に囲まれた大陸
地球儀を見ると、南極大陸は球体の底に位置しているため、その全体像をじっくり眺める機会は意外に少ない。そこで、北極と南極の地図を並べてみた(図「陸に囲まれる北極と海に囲まれる南極」)。
図「陸に囲まれる北極と海に囲まれる南極」(講談社ブルーバックス『南極の氷から探る地球大変動』より)
北極の中心には北極海があり、その周囲を北米大陸やユーラシア大陸が取り囲んでいる。大西洋側にはグリーンランドが突き出している。つまり北極は、「陸に囲まれた海」といえる。実は北極圏で最も寒いのは内陸のシベリアだ。これは、海が陸地に比べて熱を蓄えやすく、 冷えにくい性質を持っているためである。
一方、南極を見ると北極とは海と陸の配置がまるで逆である。南極は、大きな南大洋(なんたいへいよう)*に囲まれ、アフリカ大陸や南米大陸、さらにオーストラリアやニュージーランドからも遠く離れている。つまり南極は、「海に囲まれた大陸」なのである。
*『南極の氷から探る地球大変動』では南極海ではなく、南大洋と表記したので、本稿もそれにならった。
わずか4000kmで激変…世界有数の暖かい海から、最も寒い海へ
次に、南極を囲む海、南大洋の水温に目を向けてみよう。
図「南大洋の表面水温と南極周極流」は、南極大陸を中心とした海水温の分布を示している。赤色は水温が高く、青色は低いことを表し、水色の領域は海氷(かいひょう)を示す。海氷とは、海水が凍ってできた薄い氷である。その厚さは多くの場合、数メートル程度までであり、南極大陸の上に積もった雪からできた氷床や、氷床が海へ張り出した棚氷とは別のものである。
南大洋の表面水温と南極周極流 南極大陸の周囲を,温度の異なる海水が帯状に取り囲んでいる。こ の帯に沿って南極周極流が東向きに流れ、低緯度側の暖かい海水と南極側の冷たい海水を隔てる、大きな境界となっている(the European Copernicus Marine Services の図をもとに作成)
海氷は南半球の冬にかけて成長・拡大し、 夏には融けて縮小するという季節変化を繰り返しながら、南大洋の表面を広く覆っている。
ここでまず注目してほしいのは、南極から遠く離れたインド洋である。
インド洋は、世界で最も暖かい海の一つである。そして、その暖かいインド洋からアフリカ大陸の南端を越え、西へと延びる鮮やかな「赤い帯」が確認できるはずだ。これは、インド洋に蓄えられた膨大な熱が、巨大な海流となって大西洋へと流れ込んでいる様子を映し出している。海流とは、地球上の「熱」を運ぶ巨大な循環装置である。その海流がインド洋の熱を大西洋へと送り込んでいるのである。
一方、たとえば南アフリカと南極大陸の最短距離は、およそ4000キロメートルにすぎない。これは日本列島がまるごと収まるほどの距離である。驚くべきことに、このわずかな距離の間で、世界有数の暖かい海から最も寒い海へと、環境が激変するのだ。
なぜこれほど近い距離にありながら、インド洋の熱は南極まで届けられないのだろうか。
