5min2026.7.22

小泉悠が語る『現代戦争論』

Photo: Dmytro Smolienko Ukrinform NurPhoto / Getty Images

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Text by COURRiER Japon

ウクライナ戦争では、ドローンやAIといった最先端テクノロジーが実戦投入される一方で、塹壕戦のような古典的で泥臭い戦闘も繰り広げられている。戦闘手段が急速に変化する現代において、戦争の性質そのものはどう変わったのか、あるいは変わっていないのか。軍事アナリストの小泉悠が解説した。

ウクライナ戦争が覆した「国家間戦争は終わる」という常識
──現代の戦争においては、米テック企業のパランティア社をはじめとする軍用AIが果たす役割が非常に大きくなっています。そのような実感はありますか。

小泉 パランティアの経営陣による近著『テクノロジカル・リパブリック』を読みましたが、非常に面白い内容でした。本書は冒頭から「テック企業は愛国心が足りず、国家への貢献を怠っている」というテクノ右派的な世界観が語られており、同社の共同設立者でありCEOのアレックス・カープが「パランティアは徹底的に国家へ貢献する」と宣言しています。実際にパランティアは米軍のシステム構築へ積極的に携わっており、ウクライナ軍に対しても無償でシステムを提供するなど、多大な支援を続けています。

彼らのこの背景には、「米国の対ウクライナ戦略に奉仕する」というイデオロギー的な側面もあると同時に、21世紀では非常にまれな「巨大な国家の正規軍同士による直接衝突」という実戦データを得られる、絶好の機会でもあるからです。これはデータ産業であるパランティアにとって、非常に価値が高いのだろうと考えます。







ウクライナもこの価値を強力な交渉カードとして理解しています。「これほど貴重な実戦データを持つのは世界でウクライナとロシアだけだ。ロシアと組めない以上、パートナーは我々しかいないだろう」と、米国政府や軍事テック企業に対して巧みな外交を展開しています。

パランティアがウクライナに対して提供しているサービスを一言で言うならば「指揮統制システム全体のクラウド化」です。傍から見ていると、敵部隊と味方の部隊の場所をそれぞれ特定し、どの辺りならば攻撃できそうか、それがおそらくはクラウド化されているのだと思います。

昔の軍隊で言えば戦争映画で見られるように、最前線の歩兵が地面を這いながら敵を見つけ、後ろの砲兵に電話や無線で「座標はここだ、攻撃してくれ」と伝える泥臭いスタイルでした。しかし、この方法では全体像がつかめません。もしかしたら近くで味方の戦闘機が飛んでいたり、より最適な攻撃手段を持つ別の部隊がすぐそばで待機していても、それらとリンクすることができません。

おそらくパランティアのシステムは、こうした前線のあらゆる情報を一度すべてクラウドに吸い上げ、戦況の全体像を俯瞰したうえで「あの標的を叩くにはどの部隊のどの兵器を使うのが最も効率的か」という最適解をクラウド上で自動決定できるのでしょう。

最終的な攻撃の決断自体は人間の指揮官がおこないますが、そこに至る複数あるプランの選択肢や「この部隊の投入が最も効果的です」といった精緻な推奨案は、すべてAIが一瞬で提示してくる。こうしたことができるのだと思います。



──ほかにもそのようなシステムはあるのですか。

小泉 ロシアは、この戦争のなかで「スヴォド」と呼ばれるシステムを開発したと言われています。これについてはまだ正体があまりよくわかっていませんが、基盤にあるのは部隊間をつなぐ戦場ネットワークだろうと考えられています。

軍隊同士はすべてネットワークでつながっています。そうでなければ、昔の戦争映画に出てくるように「もしもし」と無線でやり取りするしかありません。しかし、現代の軍隊では、そうした原始的な方法はあまり使われておらず、ネットワークを通じたデータ通信が主流になっています。

当然、民間の通信インフラを使うわけにはいきませんし、戦場では電波状況も決して良くありません。そうした環境でも確実につながるネットワークを構築するため、1990年代頃から各国で試行錯誤を重ねてきました。ロシアも一度開発に取り組んだものの、あまりうまくいかなかったと言われています。

おそらくロシアはパランティアほど高度なシステムは構築できていません。現在のスヴォドはネットワークをつなぐ段階にとどまっており、全体の情報を一度クラウド上に集約し、AIが最適解を導き出して全体を統括するところまでは至っていないと見られています。




ただし、AI自体は活用されています。たとえば、ドローン一機一機に何らかのAIが搭載され、簡単な意思決定であればオペレーターを介さず自律的におこなえるようになっているのではないかと見られています。

ほかにも、砲兵が砲撃をおこなう際に最適な配置や運用を決定する場面など、個別の局面では間違いなくAIが使われています。一方で、そうした個々のAIを統合し、戦場全体を俯瞰して指揮・運用するレベルまでAIを活用しているのは、おそらく現時点ではウクライナ軍とパランティアの連携だけではないでしょうか。

時代によって戦争の仕方の選択肢が増えていく
──『現代戦争論』を執筆されましたが、現代の戦争はどのように変化していくとお考えですか。
小泉 むしろ、変わらない部分があることが特徴だと思います。私たちが学生だった2000年代頃は、国家という存在は相対化されていくという議論と並行して、戦争のあり方も変わるという見方が非常に盛んでした。仮に国際関係において国家が唯一の主体ではなくなるのであれば、それまで国家を前提として組み立てられてきた戦争の論理や戦い方も変わるはずだ、と考えられていました。

私が大学に入った頃に、ちょうど米国で9.11同時多発テロ(2001年)が起きました。アルカイダによる世界貿易センタービルへの攻撃は、まさに国家ではない主体による戦争の象徴でした。その後もサイバー戦が登場し、あらゆるものが武器となり、国家以外の主体も戦争の当事者になると予想されていましたし、実際にそのような変化も起きています。

一方で、国家同士の古典的な戦争までなくなるのかと言えば、それは別の話です。当時は、国家間戦争はきわめてまれになると考えられていました。国家がテロ組織のような非国家主体と戦うことはあっても、国家同士が正面からぶつかり合う戦争はほとんど起きないという見方が主流でした。

英国の将軍であるルパート・スミスの著書『軍事力の効用』は「戦争は存在しない」からはじまります。若い少尉だった頃に想定していた、ソ連軍と真正面から激突するような戦争は、もはや起こらないと、当時の英国軍のプロフェッショナルでさえ考えていました。



ところが、現在のウクライナ戦争は、むしろ非常に古典的な国家間戦争です。ドローンやAIといった新しい技術は導入されていますが、基本的には、どれだけ兵力を前線に投入できるか、どこに塹壕を築いて持ちこたえられるかという、第一次世界大戦を思わせるような戦争が繰り広げられています。つまり、戦闘の手段は変わっても、戦争そのものの性質は大きく変わっていない。古典的な国家間戦争は、21世紀になったいまも存在しているのです。

ですから、戦争は時代によってなくなるというよりも、選択肢が増えていくものなのだと思います。現代では、偽情報を流す情報戦のように武器を使わない戦争もあれば、その対極にはウクライナのような古典的な国家間戦争もあります。その中間に位置するのが、イランとイスラエルのような戦争でしょう。激しく軍事力は行使していますが、お互いに地上部隊を投入してウクライナのような長期の消耗戦をおこなう意思はなく、ミサイルを撃ち合いながら、政治的な駆け引きを続けているような状況です。

さらに、イランをめぐる対立では経済も戦争の一部になっています。ホルムズ海峡を封鎖するかどうかが交渉材料となり、機雷も実際に使われるというより、「敷設した」「撤去した」という事実そのものが外交カードとして機能しています。

このように戦争にはさまざまな形態があり、どれも戦争のオプションとして存在していますが、人間が考え出した戦い方である以上、それに向けて軍隊が備えており、訓練もしているのならば実行されます。いまの時代、各国がテーブルの上に載せている武力行使のオプションは、どれも現実に起こり得るものとして考えておかなければならない。改めてそう感じています。


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PROFILE

小泉 悠(こいずみ・ゆう)


東京大学先端科学技術研究センター(国際安全保障構想分野)准教授


1982年千葉県生まれ。早稲田大学社会科学部、同大学院政治学研究科修了。政治学修士。民間企業勤務、外務省専門分析員、ロシア科学アカデミー世界経済国際関係研究所(IMEMO RAN)客員研究員、公益財団法人未来工学研究所客員研究員を経て、現職。専門はロシアの軍事・安全保障。著書に『「帝国」ロシアの地政学──「勢力圏」で読むユーラシア戦略』(東京堂出版、2019年、サントリー学芸賞受賞)、『現代ロシアの軍事戦略』(ちくま新書、2021年)、『ロシア点描』(PHP 研究所、2022年)、『ウクライナ戦争』(ちくま新書、2022年)、『オホーツク核要塞』(朝日新書、2024年)他多数。

〈聞き手〉


佐藤 友香(さとう・ゆか)


「クーリエ・ジャポン」キャスター兼編集者。
早稲田大学法学部卒業後、伊藤忠商事にてロンドン駐在を含む事業投資業務に従事。その後キャスターへ転身し、NHK宮崎、TBS NEWS、日経CNBC等で活動。上場企業200社以上の社長インタビューを経験する。現在は、SBIネオメディアホールディングスにおける新しいメディア構築にも携わる。メディア業界において、ビジネス実務と表現者の両面から挑戦中。

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