3 マクロ経済指標の日独比較

以上、述べたように、日本人の生産性(1人1時間当たり)は、ドイツ人の52%しかない(2025年時点)。なぜこんなにも大きな乖離(かいり)があるのか。日本人はこんなに怠けているのか。多くの日本人は残業続きで働き、週末もめいっぱい経済活動しているのに、実際は、働いているフリをして怠けているのだろうか。戦後の日本人は「24時間戦えますか」という言葉が象徴するように、「ウサギ小屋」に住んで「モーレツ」に働くというのが世界からの評価だったが、いつから日本人はこんなに怠けるようになったのだろうか。

だが、ドイツに赴任した日本人のドイツ人に対する評価は、「ドイツ人は働かない」という逆の評価になる。定時が来れば残業せずにさっさと家に帰り、庭のテラスでワインを飲みながら長々とおしゃべりを楽しんでいる。また、夏の長期休暇は1カ月近く取り、また11月下旬になるとクリスマス休暇を取り始める。3月にはイースター休暇がある。日本人は、ドイツ人とは8月と12月と3月にはまったく仕事ができない、ドイツはキリスト教圏なので、日曜日はまったく働かない。ドイツ人は休んでばかりいるというが、確かにその通りである。数字で見れば、ドイツ人の一人当たり平均年間総実労働時間(2022年)は、日本人の83.4%なので(出典:OECD)、「ドイツ人は働かない」という日本人の認識は合っている。

だがドイツに駐在し、ドイツ人の働きぶりを見た日本人の一様な評価は、彼らは仕事中、無駄話を一切せずに仕事に専念する、日本人のように職場でおしゃべりをしない、という評価でもある。日本人は職場でよく数人が輪になって、たわいない話題で30分くらい盛り上がっている光景をよく目にする。この間、給料は発生しているが、仕事は中断している。また日本においてタバコ休憩は正当な権利となっている。1回10分として1日に6回行けば1時間、給料をもらいながら働いていないことになる。タバコを吸う上司と部下が、喫煙室で仕事の話をして合意ができることもある。部下が部屋に戻って上司である課長に、「喫煙室で部長と話をして、このように決まりましたから」と報告することもある。このようなことがあると課長と部下の人間関係は一気に崩れ、その後の仕事に大きな支障が生じる。

日本人は、「仕事中にゴルフの話をし、ゴルフ中に仕事の話をする」と言われるが、職場で仕事をしないでおしゃべりをしている集団への会話に入らず、仕事に専念している人を「協調性がない」「和を乱す」「つきあいが悪い」とマイナス評価する雰囲気もある。「和を以て貴しとなす」という日本社会の中核を構成する言葉には、日本の職場では、仕事の成果よりも人間関係を重視するという日本人全体の意思が表れている。かつては、宴会の手配を率先して行い、宴会の時だけ活気を見せる「宴会部長」がどこの部署にもいた。日本企業は、仕事をする場よりむしろ、従業員の生活そのものを全て面倒見る場所に近かった。筆者は、「人々の生活を全面的にお世話する職場」として、中国駐在時、「人民公社」を見た。日本の企業は、欧州の企業より、むしろ中国の「人民公社」に似ていると思った。

ドイツは、「企業数、人口」が日本の2/3しかないので、日本の「2/3サイズの国」と呼ばれる。そのドイツに名目GDPを追い抜かれ、2025年には1.17倍にまで引き離された。それは計算すると、ドイツ人の生産性(1人1時間当たり)は、日本人の1.92倍、すなわち約2倍である。ドイツ人は働く時間は短いかもしれないが、時間効率が極めて良く、時間をうまく使って、日本人の1.92倍稼いでいる。すなわち要領がいいのだ。もう少し言えばドイツ人は、どのようにして働けば効率よく稼げるか、を考えて、目標まで最短距離で到達できるような働き方をしていると言える。働く前に、働き方について真剣に考えているのだ。それは、会社を、「仕事をしてお金を稼ぐ場所」と考えていると言える。

一方、日本人は会社を「人々の生活を全面的にお世話してくれる場所」として考えているのではないか。働いているフリをして、実態は職場でおしゃべりしたり、仕事をしているフリをして実はネットを見て遊んだり、上司の指示がトンチンカンだったり、幹部のためだけに資料を膨大に作ったり、幹部のご機嫌をとることばかり考えていたり、などをして職場での時間を過ごしているのではないか。もしくは意味のない無駄な作業を膨大にやらされているのではないか。

ドイツとここまで大きな乖離があると、日本人の働き方がおかしい、としか言いようがない。日本人は職場に遊びに行っているのではないか。どうやって働けば効率的かなどとは一切考えない。ただ、ぼーっと机に向かって、だらだらとしているのではないだろうか。数字を見る限り、そうとしか考えられない。では一体、日本人のどの「働き方がおかしい」のだろうか?

ある経済学者は、今の日本経済の状況を次のように比喩している。国同士、マラソンで競争している。だが日本だけが、この30年間、立ち止まり、道路に寝っ転がって動こうとしない。後ろから走ってきた国が、次々と日本と追い抜いていく。日本はただぼうぜんとそうした国の背中を見ているだけ。日本は、かつては1位、2位を争っていたが、日本の順位はどんどんと落ちていく。だが日本というランナーはなぜか一向に走ろうとしない。

一人当たり名目GDPは韓国および台湾に抜かれ、平均賃金は米国人の半分、部長の給料はタイよりも低く、労働生産性は旧東欧諸国と同じ。日本がますます貧しくなっていることはわれわれの日々の生活からも実感できる。外国から日本に多くの観光客がやってくる。昔は経済力のある欧米が主流であったが、今では東南アジアなどかつて日本がODAを供与していた国から大挙して押しかけ、安い、安い、日本は安い、と言いながら日本で大量の買い物をしている。銀座の高級店には、今や外国人しか並んでいない。日本人は、どんどん値上がりして自分たちには買えなくなった高級品を、東南アジアの観光客が押し寄せ、「日本は安い、安い」と大量に購入している姿を見て、自分たちはこんなに貧しくなったのか、と実感している。高級ホテルなどは外国人向けに価格が設定され、日本人にはもはや手が届かない。最近は、若者が先進国に「出稼ぎ労働」に出かけ始めた。かつて中国が貧しかったころ、日本に大量の出稼ぎ者が来ていたが、その光景をほうふつとさせる。日本もまたかつて国全体が貧しく、かつ人が多くいて国民全員を養うことが難しかった時代、国が移民政策を実施し、国内の貧しい地域から満州やブラジルなどに移民を大量に送り込んだ。いま、日本は再び、若者を移民として先進国に送り出そうとしている。

過去30年間、日本経済および日本企業が立ち止まって現状維持を続けてきたことは数字にも表れている。他の先進国のGDPが順調に成長しているにもかかわらず、日本のGDPだけが1995年あたりを境に、ぱったりと伸びなくなった。多少の変動はあっても、ずっと現状維持のままである。この現象を「失われた30年」と呼ぶ。

1995年はインターネット元年と呼ばれ、米国のGAFAMが創業した年が、この付近である。GAFAMは短期間に一気にビッグビジネスに成長した。日本で、なぜGAFAMが生まれなかったのか、という議論は、ほとんど起きていない。議論するだけ無駄だと国民が感じているのだろう。

図表1 日本の名目GDP(USドル)の推移
図表1 日本の名目GDP(USドル)の推移

※SNA(国民経済計算マニュアル)に基づいたデータ

出典 IMF – World Economic Outlook Databases (2025年10月版)

一人当たり名目GDPは、その国の生活の豊かさを示す指標である。かつて日本は世界一だったが、じっと何もしない現状維持の状態が30年続いたため、後からやってきた国が日本を次々と追い越し、今や日本は2025年10月時点で38位(IMF統計)にまで落ちてしまった。この順位付近には旧東欧諸国がいる。日本は、旧東欧諸国のレベルにまで貧しくなってしまった。

図表2 日本の一人当たりの名目GDP(USドル)の推移
図表2 日本の一人当たりの名目GDP(USドル)の推移

※SNA(国民経済計算マニュアル)に基づいたデータ

出典 IMF – World Economic Outlook Databases (2025年10月版)

今や非正規労働者数は全雇用者の4割近くにまで増加し、実質賃金は30年間低下し続けている。働けば働くほど、賃金が下がるため、日本人のやる気を失わせている。ここにも日本企業が成長しない原因の1つがある。また人材育成投資が先進国の中でも飛び抜けて少なく、かつ減少している。雇用者に対するこの「3つの冷遇」(賃金、非正規、人材育成投資)を見ると、日本企業は従業員にとても冷たい。人間を冷遇して企業を存続させている。かつて著名な経営者が、「企業は人なり」「当社は人を作る会社です。ついでに電気製品も作っています」という有名な格言を残したが、今やその影はどこにもない。

かつてバブル時代、日本は「Japan as No1」と呼ばれ、経済界の人々からは、今の日本の資金力からすればアメリカ全体を買い取ることもできる、などと豪語する声も聞かれた。そうした声を聞いたアメリカ人は震え上がったと雑誌に載っていたことを記憶している。そのようなとき、米国側から、日本のやり方はアンフェアーだという声が上がった。経済界はそれに対して、日本はフェアーな競争をしている。日本企業にとって最も重要なものは人だ。終身雇用など日本型雇用により人を大切にしているから会社のために貢献してくれるのだ。米国のように、簡単にレイオフする国とは違う、と声高に叫んでいた。

そのように主張していた日本企業は、あっという間に、ここ30年の間に、人件費を固定費として捉え、固定費を削減した人が評価されて出世するという、人を冷たく扱う会社に大きく変身した。30年前に米国に対して投げていた言葉が今やブーメランのように自分たちに返ってきている。

筆者は、ドイツ調査を通じて、ドイツで「企業は人なり」という言葉が生きていると感じた。

図表3 正規雇用労働者と非正規雇用労働者の推移
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図表3 正規雇用労働者と非正規雇用労働者の推移

出典 厚生労働省

図表4 G7各国の実質賃金の推移
図表4 G7各国の実質賃金の推移

出典 厚生労働省

ドイツは製造業の輸出拡大により順調に経済成長しているため、生産性が上がり、賃金が増え、かつ、就業者数も増えている。生産性、賃金、就業者数の3つが継続的に上昇している国は、先進国で唯一ドイツのみである。ドイツの輸出のうち90%以上を製造業が占める。

製造業は絶え間のない生産性上昇が見られる業種である。生産性が上がり、市場が国内だけに閉じていると、生産性が上がった分だけ雇用者数は減る。日本の雇用者数の業種別比率の推移を見ていると、製造業の比率が年々減少している。だがドイツは生産性が上がっても雇用者数が増えている。それは「生産性が上がった分以上を輸出している」からである。

ドイツの経済成長(労働生産性増、就業者増、賃金増)の源泉は製造業の輸出であると言っても過言ではない(図表5)。

図表5 日本とドイツの経常収支、貿易収支の比較
図表5 日本とドイツの経常収支、貿易収支の比較

データ出所 IMF

出典)欧州の競争力に学ぶ、経済同友会、2015年4月、No.2015-3

(図表6)に示すように、ドイツは、輸出が大きく伸び、かつそれが経済成長に結びついていることが分かるが、日本は、輸出が伸びず、しかも輸出が増えても経済成長に結びついていない。

図表6 輸出比率の水準・変化と一人当たりGDP
図表6 輸出比率の水準・変化と一人当たりGDP

出典 通商白書2016

ドイツの輸出が経済成長を支えているというと、よくユーロ安がドイツ経済に追い風となって、ユーロ圏内へのドイツからの輸出を強く後押ししているだけで、ドイツの実力や努力ではないなどと言う人がいる。確かにこの主張は一部ではそうかもしれないが、(図表7)を見ていただくとお分かりのように、EU域外への輸出だけを見ても、日本からの輸出よりも多いことが分かる。ドイツ人には、かつての遠く海外に出かけて行って植民地を開拓したDNAが残っているのか、EU域外に積極的に進出して海外販路開拓をしていることが分かる。

図表7 財輸出対GDP比の水準と変化
図表7 財輸出対GDP比の水準と変化

出典 通商白書2016

ドイツの輸出のうち製造業が9割以上を占める。農産物の輸出はほとんどない。ドイツの製造業の輸出の構成は、自動車、隠れたチャンピオン、各種機械設備がそれぞれ約1/3ずつを占めている(注1)。中小企業がいかに国家の経済を支えているか、お分かりいただけよう。

内閣府が、過去30年間の日本のマクロ経済を総括している(図表8)。

図表8 過去30年間のマクロ経済状況の総括
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図表8 過去30年間のマクロ経済状況の総括

出典)内閣府

以上述べたように、簡単なマクロデータの日独比較から、過去30年間、日本とドイツの歩んだ道の違いがよく分かる。

日独を比較すると以下の通りであろう。日本は、海外で投資を増やし、海外生産比率を高め、中国等との価格競争に身を投じていった。その過程でmade in Japan ブランドを簡単に放棄した。日本人は、自社の社名が入っていれば、made in China または made in Bangladesh であっても世界中で人々が喜んで買ってくれると思ったのだろう。

そして、国内の投資を抑え、賃金を抑え、人材育成を抑え、非正規を増やし、人を冷たく扱う結果、生産性が低迷した(注2)。国内消費が伸びず、デフレが常態化し、負のスパイラルが30年間続いている。「いいものを安く」という響きは良いが、実態は、低価格・薄利多売路線を追求してきた。新しく発売する新製品は、どんどんと値段が下がり、デフレスパイラルを作った。そのため、日本人は働いても働いても、稼ぎはわずか、という過重労働を強いられてきた。日本人の優秀な頭脳は、こういうところに使われてきたのである。

片やドイツは、国内生産、すなわちmade in Germany ブランドに徹底的にこだわり、ドイツ国内で生産し、世界に向けて輸出する道を選んだ。ドイツ人は、made in Germany ブランドこそがドイツ製品の最大の価値であると考えた。また、ドイツ国内の強力な労働組合IGメタルが、組合員の職が失われることを容認しなかったことも背景にある。その代わり、組合のプライドにかけて、ドイツ製品に対して責任を持つという気合を持った。ドイツ国内で生産するのであるから、出来上がる製品は当然コストが高いものになる。そこでドイツ人が選んだのは、高付加価値・高価格路線の追求である。高いお金を払ってでも、どうしても欲しいというものを作り、それを外国人に買ってもらう、という路線である。

私は日本が選んだ道を「企業が栄えて国が滅ぶ道」と呼び、ドイツが選んだ道を「企業も国も栄える道」と呼んでいる。では、なぜ日本は、このような道を選んだのだろうか? 現時点ではもはや当時の指導者の方々に聞くこともできないが、おそらく、本来日本国内に作って輸出すべき工場を海外に作り続けても、それが日本経済全体にはほとんど影響はない、そのくらい日本経済は強固である、当時の日本はJapan as No1と呼ばれていたから、と思っていたのではないだろうか。

だが実際は、日本経済はそれほど強固ではなかった。特に、日本経済を支えていた車の両輪と言われた自動車と電機が、どんどんと外国に工場を作っていったのが、日本経済にボディブローのように効いて行ったのである。

注1)

図表9 ドイツの貿易収支の推移
図表9 ドイツの貿易収支の推移

図表10 ドイツの輸出相手国と輸出品目
図表10 ドイツの輸出相手国と輸出品目

出典:CIA – The World Factbook(データ対象: 2017)

注2)

深尾(2021)は、日本の実質賃金は2000年以降停滞したが、その主因は、労働生産性の上昇の減速だった、としている。

図表11 実質賃金、労働生産性及び労働分配率の推移
図表11 実質賃金、労働生産性及び労働分配率の推移
出典)労働生産性と実質賃金の長期停滞:JIPデータベース2021および事業所・企業データによる分析 経済産業研究所BBLセミナー 2021年12月9日 深尾京司(経済産業研究所・一橋大学・JETROアジア経済研究所)
https://www.rieti.go.jp/jp/events/bbl/21120901.html

(次稿に続く)

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