北極地域の温暖化はスピードが速く、深刻な問題。地政学的な対立もあり、国際協力にブレーキもかかっている。だが実は、明るい話もある。

HOW AN ARCTIC TREATY KEEPS RIVALS TOGETHER

2026年07月17日(金)18時38分

デービッド・バルトン
(ハーバード大学ケネディ政治学大学院北極イニシアティブ上級研究員)

近年、北極地域関連で耳にするニュースは気がめいるものばかりだ。北極地域の温暖化は地球の他の地域の3~4倍の速さで進んでいるといわれ、そこに住む人々にも生態系にもそして地球全体にとっても深刻な問題となっている。

外交面ではウクライナ侵攻の影響で、ロシアとそれ以外の北極地域の国々との関係に亀裂が入り、この地域における国際協力にもブレーキがかかっている。また、アメリカのドナルド・トランプ大統領がグリーンランド領有に関心を示したことは、この地域の同盟諸国との軋轢を生んだ。

一方で明るい話もある。アメリカとロシアを含む北極海沿岸諸国と、漁業大国である中国や日本、EU(欧州連合)などの10カ国・機関の間で2021年に発効した「中央北極海における規制されていない公海漁業を防止するための協定」だ。

この協定の下、北極海の中心部にある公海水域での商業漁獲が当面、凍結される一方で、この海域に関する科学的知見を得るための締約国間の協力が、ロシアも含めて続けられている。

これまで中央北極海で商業漁獲が行われたことはない

協定の核となっているのが国際法上の基本原則の1つである「予防原則」だ。国際的な漁業管理の文脈においては「情報が不確かであるか信頼できないか不十分な場合には慎重を期す」よう各国政府に求めることを意味する。

これまでに中央北極海において商業漁獲が行われたことはない。それはこの海域がつい最近まで、完全に氷に閉ざされていたからだ。

だが北極地域の気温が急速に上昇するにつれ海氷は減少し、中央北極海のかなりの部分では、1年のうちの一時期とはいえ氷が姿を消している。

「中央北極海における規制されていない公海漁業を防止するための協定」を実りあるものとしてきた筆者らの議論(2023年)

 

商業漁獲が行われた場合、この海域の生態系にどんな影響が出るか誰にも分からない。北極海については、科学的に解明されていない部分が大きいからだ。

だからこそこの協定は予防原則を適用し、締約国政府が持続可能な形で漁業を管理するのに必要な情報を手にするまで、商業漁獲を開始しないと定めているのだ。

会合にはロシアの専門家も毎回参加している

協定の内容を実施に移すための締約国会合は2022年以降、毎年開かれている。中央北極海での科学的調査を進め、この海域への魚の移動について調べるための限定的な試験漁業のルール策定も進んでいる。

ロシアのウクライナ侵攻後も会合が定期的に行われているということ自体が驚くべきことだ。ロシアの専門家も毎回、参加している。各国の関係者は中央北極海における共通の利益のため、立場の違いに目をつぶって働いている。

違いを乗り越えて共通の利益のために力を合わせるという姿勢は多くの実りをもたらすものだ。冷戦中でさえ、アメリカと当時のソ連は南極条約の締結に向けて手を携えるなど、さまざまな問題に協力して取り組んだ。

北極海は新たな問題にも直面している。海氷の減少に伴い、商業的な海上輸送ルートとして使われることが増えたほか、海底資源の採掘が行われる可能性も高まっている。いずれも規模は不明ながら環境へのリスクがある。

北極地域が国際協力に基づきしっかりと管理された状態に戻る道筋を考える上で、この協定が何らかのヒント、もしくはたどるべきロードマップとして役に立つのではと私は考えている。

The Conversation

David Balton, Senior Fellow of the Arctic Initiative, Harvard Kennedy School

This article is republished from The Conversation under a Creative Commons license. Read the original article.

POINT(本誌サステナビリティ室長 森田優介)

newsweekjp20250624060949.png本記事の筆者は当時この協定締結に携わったアメリカの研究者。気候変動の影響を受けている北極海が地政学的対立の舞台にもなっているのは事実ですが、この「協力」が今も続いているというのはポジティブな報告です。


 

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