2018年7月の西日本豪雨から7日で8年となる。愛媛だけで災害関連死を含め33人が命を落とした未曽有の水害。大切な人を失った遺族らの悲しみは、どれほどの年月がたとうとも癒えることはない。(宇仁菅玲香)
畳店前の肱川を眺める小玉さん(愛媛県西予市野村町で)
原告の請求を棄却する――。西日本豪雨でのダム操作や避難周知を巡り、国の責任を問う集団訴訟で、3月に言い渡された松山地裁判決は「敗訴」だった。原告遺族らの心に重くのしかかったまま、節目を迎える。
愛媛県西予市野村町で義母ユリ子さん(当時81歳)を亡くした原告の小玉恵二さん(67)は「避難指示をすぐに出したわけではなく、何人も亡くなっているのに、人の命を軽視している。納得はできない」と振り返る。
町で唯一の畳店「小玉畳店」を妻(67)と二人三脚で営む。豪雨では野村ダムの緊急放流後、店のすぐそばを流れる肱川があふれ、近くの民家の屋根上に避難した。川沿いにあるユリ子さん宅が濁流に襲われるのが見え、助け出すことはできなかった。
「なぜあんなダムの放流を行ったのか」。その答えが知りたくて、20年に提訴して原告団に加わった。法廷に立ち、遺族の悲しみや被災の実情を裁判官に訴えた。しかし、ようやく迎えた判決は期待に沿う内容ではなかった。
小玉さんは「国相手の裁判で自分たちの主張を認めてもらうのは難しいと感じた。判決が出て、ちょっと一息ついたような気はする」と心境を明かす一方で、「弁護士を中心に『頑張ってみよう』という話があり、泣き寝入りもよくない。希望を抱いて次のステップに進むことにした」と控訴した理由を説明する。
豪雨から8年となるのを前に、うれしいこともあった。町内の高台にある市営団地で暮らしていた長男家族が5月、店の2階に引っ越してきた。3人の孫たちに囲まれ、生活は一気ににぎやかなものになった。
「仕事もぼちぼちやってるし、孫も増えた。残った私たちは元気にやってるよ」。そうユリ子さんへの思いを口にした。
砂防施設完成・柑橘園地の再編復旧…着々と
今春に植栽が完了した今治市・大三島の上浦地区の工区=愛媛県提供
西日本豪雨から8年が経過し、県の復興事業の多くは完了。発生から10年で完了を目指す「長期事業」を残すのみとなりつつある。
県の6月現在のまとめでは、土砂崩れの再発を防ぐ砂防施設について、八幡浜、西予、宇和島各市で整備する28か所のうち、22か所が完成した。残る6か所は2028年度末に事業を終える予定だという。
急傾斜で崩落が相次いだ
柑橘(かんきつ)
園地については、急な斜面をなだらかにして大規模に整備し直す「再編復旧」の進展が6割となった。今治市・大三島の上浦地区の工事が昨年度に終わり、現在は宇和島市吉田町の玉津地区や立間地区、松山市・興居島の由良地区の5か所計8・3ヘクタールで工事が進む。28年度末までの工事完了を目指すとしている。

関西発の最新ニュースと話題
あわせて読みたい
