徳島大空襲から81年を迎えた7月4日、悲惨な空襲体験を後世に語り継ぐつどいが、徳島市で開かれました。
(徳島大空襲を体験・真先美那子さん〈92〉)
「とにかく、焼夷弾がバラバラバラバラ落ちてくる感じだった」
(徳島大空襲を体験・小原ツネ子さん〈91〉)
「土手から丸見えだった。千松小学校が焼けているのを見た」
(徳島大空襲を体験・森野悦次さん〈87〉)
「今まで勉強していた机や椅子が崩れ落ちるのをまともに見た」
30回目を迎えた、徳島大空襲を語るつどいには75人が参加しました。
徳島大空襲は、1945年7月4日未明に発生しました。
アメリカ軍のB29爆撃機が、徳島に約1000トンの焼夷弾を投下。
徳島市中心部は焦土と化し、約1000人もの尊い命が奪われました。
つどいでは、4人の語り部たちが当時の体験を鮮明に語りました。
(徳島大空襲を体験・粟内照子さん〈95〉)
「焼夷弾が落ちて、慌てて何も持たずに土手に走った」
「その時の恐ろしさ、空が赤や黄色の絵具を泣かしたような色になって、真昼よりもっと明るく胸がどきどき」
「何もわからずじまいで、走りました」
(徳島大空襲を体験・森野悦次さん〈87〉)
「防空壕の前を通った時、入口に大きな穴が開いていた。爆弾が落ちて、街中が燃えてしまっていた」
「亡くなったのは、自分のところの防空壕入った人たちは蒸し焼き」
「新町川に逃げた人たちは護岸がなくて、沼みたいに徐々に深くなっていて、そこに後から後から(人が)来るから、後ろに戻ろうとしても戻れない」
「戦争というのは、とにかく食べるものがない。食べるものも着るものも、とにかく何もないんだから、みんな燃えてしまって」
(徳島大空襲を体験・粟内照子さん〈95〉)
「今が一番幸せです」
(参加した小学生)
「とても恐いことだと思った。これから起きてはならぬものだと思い、すごく今が心配です」
