海禅院(和歌山市和歌浦中)の多宝塔で14日、調査などにより別の場所で保管されていた大量の「経石」を、元々あった塔の地下の石室へ戻す最後の作業が行われた。5年前から地道に作業を続けてきた関係者は、今後も経石を守り伝えていく決意を新たにしていた。(丹下巨樹)

石室で作業する参加者ら。床にはこれまでに納めた経石が敷かれている(和歌山市で)石室で作業する参加者ら。床にはこれまでに納めた経石が敷かれている(和歌山市で)

 経石は、祈願や供養のために、お経の一節などを書き入れた石だ。平安時代後期から江戸時代にかけ、各地で書かれたり埋納されたりした。

 今回の経石は、徳川家康の三十三回忌(1648年)を機に、家康の側室で紀州藩主・徳川頼宣の母「お万の方」が天下の
静謐(せいひつ)
などを祈って発願。和歌山県教育委員会によると、皇族や庶民も参加して15万個以上が集まり、石室(奥行き2メートル10、幅1メートル64、深さ4メートル)に納められた。お万の方が亡くなると、頼宣は石室を覆うような形で多宝塔を建てた。

作業の完了を受けて営まれた法要作業の完了を受けて営まれた法要

 2004年に調査などで取り出されていたが、保管先の倉庫の撤去が決まり、21年から有志で作る「経石を多宝塔に戻す会」を中心に、少しずつ石室へ納め直す作業を続けてきた。

 この日は早朝から約80人が作業。袋に入れて保管していた経石をバケツへ移し、石室に控えた消防団員らにリレーして経石を戻していった。大切なものを納めたとみられる石造の箱や蓋などの重量物もあり、関係者はチェーンブロックを使ったり、数人がかりで持ち上げたりして、慎重に石室へ安置した。

石室へ戻すため、経石をバケツやコンテナへ移す参加者石室へ戻すため、経石をバケツやコンテナへ移す参加者

 午前11時頃に作業のめどがつくと、妙宣寺(和歌山市)の住職が法要を営み、参加者も加わってお万の方や頼宣に作業を終えることを報告した。「戻す会」の中心を担った日方広行さん(75)は「元に戻せて本当によかった。携わった身として、これからも経石を守っていくことを考えなあかん」と話していた。

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