真剣な表情を見せる本木雅弘(撮影・大城 有生希)
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 【過去と未来の交差点】役者として演技はもちろん、取材にも常に真摯(しんし)に向き合う俳優の本木雅弘(60)が昨年、還暦を迎えた。「人生のラストスパートに入ったという感覚がある」という本木には、27歳の時に死生観を変えた出来事があった。(西村 綾乃)

 テーブルを挟んで向かい合うと、スーツのポケットから黒色の小さな手帳を取り出し、そっと膝に置いた。質問を始めると「あ、それはここに」。想定問答が両面みっちりと書かれたメモに目をやりながら、話し出した。

 主演映画「黒牢城」(監督黒沢清)では、実在した武将・荒木村重を演じる。役作りでは、人物についてはもちろん、時代背景など入念に調べるのが信条だ。妥協を許さない完璧主義者。だが、まとめておいた答えを一辺倒に語るのではなく、対話の中で気づいた感情も伝えようとする。会話に夢中になっていると、はたと「僕、話長いですよね?」。しまった、という表情を浮かべながらその空気感までも糧にする。

 「情報を蓄えておくことは、演じる時の栄養になる」。その蓄積が作品にリアリティーを生んでいる。

 強烈な“蓄え”の一つを得たのは27歳の時だ。一冊の本が本木をインドに向かわせた。作家で写真家の藤原新也氏(82)の詩集「メメント・モリ」(朝日新聞出版刊)。ヒンズー教最大の聖地・ベナレスでの写真には、ガンジス川の水辺に設けられた階段状の施設(ガート)で火葬された人の死体が写っていた。焼け残った遺体の一部をカラスや犬が食べる。衝撃的な一枚には「人間は犬に食われるほど自由だ」という言葉が記されていた。

 心を動かされ、友人らと1カ月にわたるインドの旅に出た。「ベナレスでは、布で巻かれた老婆の死体が白昼堂々、自分という他人の目の前で焼かれていた。不思議な甘い香りの中で、焼け残った足に犬が食いついていた。横で子供が遊んでいる。生と死が共存する光景を見て、人間も自然のサイクルの一部なのだと。初めてある種の安心感を覚えました」

 旅で手にした既成概念からの“解放”。帰国後、作家の青木新門さん(享年85)が自らの体験を書いた「納棺夫日記」と出合ったことが、人として、俳優としての本木を大きく成長させた。「納棺師をテーマに映画を作りたい」と、企画から携わった主演作「おくりびと」は15年をかけ映画化が実現。日本映画史上初めて「米アカデミー賞」の外国語映画賞を受賞する快挙を成し遂げた。

 人生の岐路に立った時など、決断が必要な時に大切にしているのは「五感」だ。「撮影では準備をして臨んでも、現場で歯が立たないと感じることもあります。その時に用意したんだからと押し通さず、いま感じたことを取らないと足をすくわれてしまう。人間は元々は自然の一部。自然と共鳴して生きている中で違和感を感じたなら、自分の感覚を一番大事にしないといけないんじゃないかな」

 昨年12月に還暦を迎えた。今年5月、同じ1982年に歌手デビューし、24年公開の映画「海の沈黙」で共演した女優の小泉今日子(60)が東京・日本武道館で開いたライブを訪れた。MCで小泉は60歳の誕生日について「いつもと変わらない朝が来て、いつもと変わらない自分がいた」と言っていたという。「僕も全く同じで、一つの通過点でしかないんです。でも義理の母の樹木(希林)さんが75歳で旅立っているので、いつ逝ってもおかしくない。自分が何を残したいのか。探す10年、15年にしたい」。五感を研ぎ澄ませ、人生の旅路を歩く。

 ≪主演映画「黒牢城」上映 カンヌで万雷の拍手に万感≫19日公開の主演作「黒牢城」は、5月にフランスで開かれた「カンヌ国際映画祭」のプレミア部門で公式上映された。後に茶人として名をはせた村重が「大事な茶つぼを手放し、地団駄を踏むシーンで笑いが起きました。遠い戦国時代の話だけど、どうしようもなさを抱えて生きる人間に共感しながら見ていこうという空気を感じました」。エンドロールでは約1000人のスタンディングオベーションが起きた。万雷の拍手に驚きながら、黒沢監督が映画に込めた「平和への思いが届いた」と万感。監督と固い握手を交わしたという。

 ◇本木 雅弘(もとき・まさひろ)1965年(昭40)12月21日生まれ、埼玉県出身の60歳。81年にドラマ「2年B組仙八先生」で俳優デビュー。映画、ドラマ、CMなどで活躍。2008年主演の映画「おくりびと」は、第81回米国アカデミー賞で外国語映画賞を受賞。還暦を記念した写真集「awai 刹那と永遠のまにまに」(トゥーヴァージンズ)を12日に刊行。1メートル74。血液型A。

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