Tweet
Pocket
5月中旬、福井県若狭町・熊川宿(くまがわじゅく)にある「八百(やお)熊川」に泊まってきた。遅いGW(自由業なのでGWは自由設定)に、「今まで行ったことのないところに休みに行こう」と考え、今年3月に知り合った時岡壮太氏(デキタ代表)の顔が浮かんだ。
デキタ代表の時岡壮太氏。八百熊川のチェックインの場でもある「街道シェアオフィス & スペース菱屋」の前で。デキタのオフィスもここにある(写真:宮沢洋)
菱屋周辺の町並み。熊川宿は江戸時代に若狭小浜から京の都に日本海の魚介類を運んだ「鯖街道」(若狭街道)の宿場町。伝統的な町並みを残す景観が当時のにぎわいを伝える。1996年に重要伝統的建造物群保存地区選定、2025年に日本遺産認定
時岡氏は今年3月6日、東京・乃木坂の国立新美術館講堂で行われた「文化庁 建築文化サミット ~まちづくり×ビジネス×デザインのシナジー~」というイベントに登壇した(「建築文化フェロー」が集結した「文化庁建築文化サミット」が初開催、自走する仕組みづくりへの一歩)。筆者はこのトークイベントをメディア兼関係者(文化庁建築文化フェロー)の立場で見に行った。錚々たる登壇者の中でも、筆者は特に、「八百熊川」を運営する時岡氏の話に興味をひかれた。
こんな若くて優秀な人が地方都市の空き家再生にこれほど生き生きと取り組んでいるのは、日本の建築界も捨てたものではない──。そんな感想を抱いたのは筆者だけではないと思う。
八百熊川は、現在4つの宿泊施設で構成される。いずれも街道沿いの空き家を再生したものだ。そのひとつである「ほたる」に予約を取った。「風情ある前川のせせらぎをお楽しみください」というフレーズに惹かれた。偶然にもそれが八百熊川の再生第一号の宿泊施設だった。
筆者が泊まった「ほたる」は1棟貸しの古民家
休暇目的で行ったのだが、一応、時田氏に連絡しておいたら、3時間くらい熊川宿を案内してくれた。いいものは人に伝えたくなる性分なので、ざっと写真を見ていただこう。
Jターンで熊川宿に本社を構える
その前に、時岡氏について。
デキタのnote「時岡壮太 | DEKITA | その土地と生きていく。」(https://note.com/dekita_tokioka)に時岡氏の自己紹介(2025年10月4日公開)が載っていて、それがわかりやすかったので、まるっと引用する(太字部)。
今年3月、「文化庁 建築文化サミット 」での時岡氏
はじめまして、株式会社デキタの代表取締役、時岡壮太といいます。
1980年生まれの45歳、福井県のおおい町というまちの出身です。
(株)デキタ、という変な名前の会社を2011年に東京で創業しました。登記日が東日本大震災の4日前というすごいタイミングでした。理工系の大学の建築学科を卒業していたこともあり、(株)デキタも創業後から建築設計や建築開発コンサルティングなど、建築の開発にかかわる業務を生業としていました。
転機が訪れたのは2018年、37歳の時。
過疎集落での古民家活用という学生時代からの目標に挑戦したいと、地元福井の若狭町という自治体に本社を移転しました。生まれ故郷であるおおい町とは車で30分程度の距離。正確にはUターンではなく、Jターンというそうです。
その若狭町の熊川という小さな集落で、築160年の大きな古民家をシェアオフィスにリノベーションし、そこに新しい本社を構えました。初めての自社事業であり、投資でもありました。
熊川という集落はそのほとんどが「熊川宿」というかつて宿場であった村です。宿場であった町並みが保存されており、文化庁から「伝統建造物群保存地区」という歴史街区として選定されています。ただご多聞にもれずここ熊川でも人口が大きく減少し、空き家が問題となってしまっていました(熊川の現場についてはまた別記事でふれます)。高齢化も進み数字上はすでに限界集落とよばれる状況になっています。ただ限界集落という言葉はちょっときつい言葉だなとも感じてまして、noteでは「過疎集落」という言葉をつかおうかと思います。
これは今回案内してくれた時岡氏。「八百熊川」のチェックインカウンターにて
本社を移転してから約8年、(株)デキタはここ熊川において、古民家ホテルや複合アウトドア施設、食品加工所などを運営する、地域に密着した事業会社として日々忙しく仕事をさせてもらっています。
正社員が8名、パートさんが16名と、まだまだ小さな会社ですが、地域に雇用を生みながら、空き家問題に向き合いながら、なんとか8年間経営を頑張ってきました。
デキタは「その土地と生きていく」というコピーをメインステイトメントに掲げています。凄腕コピーライターの友人と何度も相談しながらつくった大切なコピーです。
8年間、過疎集落での事業開発、事業運営を経験し、「その土地と生きていく」ためには、歴史的建築や伝統野菜など、いわゆる地域資源を活用し、安定した雇用を生む、良き中小企業を集落内につくることが大切だと感じるようになりました。
2025年は国の地方創生が始まってちょうど10年の節目の年です。この間、古民家ホテルやシェアオフィスなどの場所づくりや、農産品や工芸品などのプロダクト開発など、地方都市でも活かせる知見がたくさん蓄積されてきました。ここからの10年はこれらの知見をうまく組み合わせながら、小さな集落であっても安定した雇用を生み出せる、過疎集落ならではの中小企業のあり方を模索する必要があるのではと感じています。
noteでは(株)デキタの経営を通じて学んできた過疎集落の中小企業論をがんばって言葉にしていきたいと思います。
ここまで読んでくださりありがとうございました。
(ここまでデキタのnoteより)
「理工系の大学の建築学科」と本人はぼやかして書いているが、言いたくないのをあえて言ってしまうと、早稲田大学大学院修了、後藤春彦研究室の出身だ。都市計画の王道を学んだ人なのである。
食品加工やキャンプを事業に加え、相乗効果を生む
では、ここから時岡氏による熊川宿ツアーと宿泊体験のフォト日記。
スタートは八百熊川のチェックインの場でもある「街道シェアオフィス & スペース菱屋」(以下菱屋)。菱谷は「シェアオフィス」「レンタルスペース」「食文化体験スペース」「カフェ」「宿泊施設レセプション」からなる複合施設。もともとは築140年になる熊川宿でも最大規模の古民家(炭問屋)。相続人が町外に居住していたため10年以上空き家となっていた。デキタはこの家屋を借り受け、初の自社案件として開発を行った。第一期と第二期に分けて開発。第一期開発で「シェアオフィス」「レンタルスペース」を、第二期開発で「食文化体験スペース」「カフェ」「宿泊施設レセプション」を整備した
菱谷1階のジャズ喫茶「THEE COFFEE(ジー・コーヒー)」。ジャズ好きの間では有名なのだそう
1階にはかまどがある。「湧水米」(コシヒカリ)をこのかまどで自分で炊き、お昼ご飯として食べるという体験が人気
この日、宿泊客がいなかった「やまね」を見学させてもらった。土蔵を再生した1棟貸しの客室
「やまね」の1階。ぱっと見でインテリアのオシャレ感が伝わる
2階。壁の厚さがすごい。修道院のよう
八百熊川の「ひばり」と「つぐみ」は1棟を2つに分けて客室とした。この日は予約があり、外から見るのみ
町を散策。「若狭鯖街道熊川宿資料館 宿場館」。もとは1940年に建てられた近代洋風建築の熊川村役場。農協の時代を経て、1997年より町の資料館となった
瓦に力強く「役場」と書いてある!
デキタも参加して建てた食品加工場。「熊川葛(くず)の葉茶」などをここでつくっている。デキタが運営するオンラインストアや町内の道の駅などで販売。粒マスタードも人気。「宿泊客の少ない冬に、地域にどう仕事を生み出すか」ということで食品加工にも乗り出した
今後、宿泊用に改修予定の空き家(デキタが購入済み)の室内を見せてもらった。「古民家」とはいっても、大抵はこのように現代風にリフォームして使われているそう
車で10分ほど西に向かい、「山座熊川」へ。デキタも参加して、官民連携で開発した複合アウトドア施設
1棟貸しの山荘(キャビン)が6棟


山荘の内部
半屋外のバーベキューエリアも
見学を終え、筆者が泊まる「ほたる」へ
ほたるの2階


夕食はスタッフが車で運んでくれる
敦賀真鯛の鯛しゃぶ! 筆者は夕食を注文したが、食材を持ち込んで自炊も可
夜の「ほたる」。静かなので、室内にいてもずっと川の音が聞こえる
朝食は白米から自分でつくった朝粥(土鍋で炊く)。味変に熊川葛のあんかけも。体の中が浄化されるようなおいしさ!
熊川宿の全体図。宿場町時代の町並みが今も約1㎞にわたって残っている。もっと有名になってもおかしくない
実は、筆者はこれまで空き家再生について記事を書いたことがなかった。人が書いた記事を読んで「難しいんだろうなあ」「自分の知識ではうかつには書けない」と敬遠していた。もちろん、実際は難しいのだろうと思うが、今回、「八百熊川」と「山座熊川」を見て、大きな可能性とともに身近さを感じた。「自分も20歳若かったらやるかもなあ」と思った。及び腰だった筆者が見てもそう思うのだから、こうした取り組みに関心のある人には学ぶことがすごく多いと思う。次の休みに熊川宿、超お薦めである。(宮沢洋)