メキシコのオアハカ州出身のカンディド・ラミレス(81歳)。キリスト教のイースターに先立つ聖週間「セマナ・サンタ」に祭壇に供える動物の置物を作る職人だ。チアの芽がふさふさ生えたこの置物は、米国で長く愛される風変わりな商品「チアペット」の“元祖”といえる。(PHOTOGRAPH BY LUVIA LAZO)

40年ほど前にブームとなった風変わりなプランターは今も形を変えながら、新しい世代に受け入れられている。そのルーツは思いのほか深いものだった。

 メキシコの人類学者であるマルタ・トゥロックが初めて「チアペット」に出合ったのは、1990年代初頭のこと。場所は、首都メキシコシティにあるデパートだった。箱には、緑色の新芽がふさふさ生えた素焼きの熊が描かれている。素焼きの置物を水に浸した後、ペースト状にしたシソ科のチアの種子を塗り、置物が新芽に覆われて、緑の毛が生えたようになるのを待つという。

 民俗芸術を専門とするトゥロックは、その風変わりなプランターをひと目見るなり、地元の宗教祭事に使う工芸品を転用したものだということに気づいた。思いもよらないアイデアに驚き、「誰が子ども向けのおもちゃになるなんて考えついたのだろうと思いました」と振り返る。

 チアペットが米国の店頭に並ぶようになったのは50年ほど前のことだ。1980~90年代に、テレビのコマーシャルをきっかけにブームを巻き起こした。

 当初は羊、亀、子猫、テディベアなど、かわいらしい動物の形をしたものだけだったが、2000年代初頭には人気アニメのキャラクターがモチーフとして登場した。そして現在、レトロ・ブームやSNSの効果もあって、チアペットは新しい世代にも受け入れられている。もちろん、子猫のチアペットは今でも売られているが、アーティストや俳優の顔を模し、ボリューム満点の髪の毛を生やすようにチアを育てるキットのほか、チアペット風に緑色の毛を生やした絵文字もあるという。

NGM MAPS

NGM MAPS

[画像のクリックで拡大表示]

 チアペットが長きにわたって人々を魅了していることに、トゥロックは驚きを隠せない。そのルーツは忘れられがちだが、とても厳粛なものだからだ。メキシコ南部に位置するオアハカ州では、キリストの復活を祝うイースターに先駆け、家庭や教会でセマナ・サンタ(聖週間)の祭壇を作る。そこに欠かせないのが、チアの新芽に覆われた素焼きの動物の置物なのだ。祭壇には、涙を流す「悲しみの聖母」の肖像を飾り、その周りにろうそくや花をはじめとする装飾品を供えるのが習わしだ。

次ページ:雄牛、豚、鴨、フクロウの置物たち

ここから先は、「ナショナル ジオグラフィック日本版」の
会員*のみ、ご利用いただけます。

*会員:年間購読、電子版月ぎめ、
 日経読者割引サービスをご利用中の方、ならびにWeb無料会員になります。

おすすめ関連書籍

2026年6月号

天空を宿すサグラダ・ファミリア/復活を遂げたインドのライオン/インカ帝国 幻の城塞都市/温暖化で増える 地すべりの謎を解く

建築家ガウディの構想から144年を経て、世界で最も高い教会となったサグラダ・ファミリア。完成を目指して建設が続く現場を訪ねました。このほか、インドに生き残る最後のインドライオン、姿を見せ始めたインカ帝国の幻の城塞都市、温暖化で増える「地すべり」の謎などの特集をお届けします。さらに今月号は特製ポスター「ガウディ 夢の聖堂へと続く足跡」の付録も! 

特別定価:1,420円(税込)

amazon
楽天ブックス

Photo Stories 一覧へ

Share.