公明党トップ / ニュース / p508130


2026年4月17日
<熊本地震10年>震災の教訓を未来に
命守る備え語り継ぐ 

遺構や施設巡る「回廊型ミュージアム」整備

278人の尊い命が奪われた熊本地震から10年が経過した。街の復興が進む一方、震災の記憶や教訓をいかに未来へ継承していくかが課題だ。熊本県は県全体を一つの博物館に見立て、県内50カ所以上で保存した震災遺構や展示施設を人々に巡ってもらう「回廊型フィールドミュージアム」の整備を進めている。その中核拠点の一つ、震災ミュージアム「KIOKU」(南阿蘇村)には国内外から多くの人が訪れる。現地を歩いた。=熊本地震取材班 高田正好

震災ミュージアム「KIOKU」で来館者を案内するガイドの藤本さん(右端)

阿蘇山の麓、東海大学阿蘇キャンパス跡地に2023年夏から開設されている「KIOKU」。館内に入ると、原形をとどめないほど大破した車が目に飛び込んでくる。地震で土砂に押しつぶされた震災遺物だ。

熊本では16年4月14日から3日間にわたり震度6以上の揺れを7回(うち震度7を2回)観測。被災家屋は約20万棟に上った。館内では、当時の惨状を伝える映像が上映され、地震のメカニズムを学べる展示も、常駐する語り部ガイドが丁寧に解説してくれる。

ガイドの案内で屋外へ出ると、東海大の旧校舎があり、亀裂の入った壁や、ゆがんだ柱など震災の傷痕が残されていた。

「ここで教え子を失った」。校舎を指差しながら語るのは、発災当時、同大学で講師を務めていた藤本誠司さん。大学近くのアパートが倒壊し、下宿生3人が犠牲になった。藤本さんは、「村と震災を語り継いでいく」との強い使命感でガイドを続けている。

「KIOKU」には年間約5万人(半数以上は県外)が来館する。責任者を務める久保尭之統括ディレクターは「展示やガイドの言葉を通じて、災害への備えに対する気付きの多い施設にしていきたい」と力を込める。

震災遺構の崩れた旧阿蘇大橋を見に多くの人が訪れていた

この施設から車で約5分の距離には、地震により崩落した旧阿蘇大橋の橋桁が残され、見学に訪れる多くの人の姿があった。震度7の揺れが28時間のうちに2度起きた益城町でも、数多くの震災遺構が公開され、復旧の歩みを紹介する展示施設が設けられている。同じく震度7を観測した西原村では、今年中に震災ミュージアムの新設が予定されている。

県内の4市(熊本、宇土、宇城、阿蘇)、3町(大津、御船、益城)、2村(西原、南阿蘇)に点在する震災遺構や関連施設について、県は効果的に巡れるツアーやイベントの実施を企画している。企業・団体、修学旅行の受け入れ強化や、各地の語り部ガイド養成にも一層注力する計画だ。

記憶継承の取り組みなどを県に求める党県PT=2022年6月

南阿蘇村の被害を調査する公明議員=2016年4月

益城町の復興の歩みを視察する竹谷とし子代表ら=2026年4月

震災の風化を防ぐ取り組みに向けては、公明党熊本県議団が17年3月議会で県内各地の震災遺構の保存・継承を提案。その後も党として、国会議員や県・市町議員が連携し、各自治体に働き掛けてきた。22年には党県本部の「熊本地震創造的復興検証プロジェクトチーム(PT)」が、県民への調査を基に、次世代へ語り継ぐ取り組みの充実を県などに要請。現在も力強く後押ししている。

「自分の街で、もし同じ揺れが起きたらと思うと、災害にしっかり備えたい」。関東から訪れた親子が遺構を見て語った言葉が胸に残った。