でも昔はだれも野球選手や実業家になれとは言わなかった。
「他人がやるなら素晴らしい」
「自分の子どもがやるなら困る」

社会が強い敬意を向ける存在──天皇陛下、内閣総理大臣、自衛隊員、警察官、介護職員、炭鉱夫、除雪作業員、そして大谷翔平のようなスポーツ選手や堀江貴文(当時の)のような実業家──には共通点がある。いずれも社会に不可欠で「尊い」と称賛される一方、その役割は過酷で、身体・精神・自由を大きく差し出す生き方でもある。だから親は子どもに「これになれ」とは言わない。社会は象徴を必要とし、敬意を消費するが、その人生の重さやリスクは引き受けない。この矛盾が、堀江氏の「大谷翔平は実社会では役に立たない」発言への過剰反応ともつながっている。

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