撮影:中山実華
「スタートアップ不毛の地」、そんなネガティブなフレーズを誰も口にしなくなるほど、愛知県の起業家を取り巻く環境は、この1年でガラリと変わった。
2024年10月、名古屋市に開業したオープンイノベーション拠点「STATION Ai(ステーション エーアイ)」を皮切りに、2025年2月にピッチコンテストを含むグローバルなテクノロジーの祭典「TechGALA Japan(テックガラ ジャパン)」を開催。そして同年9月には愛知県が主催する女性起業家支援プログラム「FLARE AICHI(フレア アイチ)」の始動とスタートアップをサポートする施策を次々に打ち出している。
こうした変革を牽引してきた立役者が、ウィズグループ 代表取締役の奥田浩美さんだ。なぜ愛知はこれほどのスピードで変わることができたのか。「地域から世界へ」をテーマに女性起業家の挑戦を支える環境づくりや未来に向けた展望について、奥田さんに話を聞いた。
これからの「日本の勝ち筋」が愛知にある
撮影:中山実華
いま自分の身をどこに置くと、変化の度合いが大きいか。奥田さんは常にそう考え、行動しているという。10年前の2016年は、神戸市で日本初のアクセラレータープログラム「500 KOBE ACCELERATOR」の立ち上げに参画。その後、鹿児島や沖縄など各地でスタートアップ支援に携わり、現在力を入れているのが愛知県ということになる。AIによる変革の波が押し寄せるこの時に、なぜ愛知なのか。それはこの地を変えることが、これからの日本を大きく変えていく、愛知にこそ「日本の勝ち筋がある」と確信したからだ。
「製造業は遅れていると言われながらも、愛知の人々は数十年の間ものづくり技術を手放すことなく保ってきました。現状、DXに関しては海外が強いけれど、この先は身の回りのあらゆるものがITとつながっていく。そんな未来には世界中に供給できるものづくりの基盤があることは、とても大きな強みになるのです」(奥田さん)
2025年2月に初開催された大規模なスタートアップイベント、TechGALA Japanを主催するのは中経連、名古屋大学、愛知県、名古屋市、浜松市などによって組織された「Central Japan Startup Ecosystem Consortium」。愛知・名古屋および浜松地域は、内閣府のスタートアップ・エコシステム「グローバル拠点都市」に選定されている。
こうした大がかりなプロジェクトの総合プロデューサーを託された奥田さんは、その場がスーツ姿の男性ばかりで構成されていることに疑問を抱く。「愛知の産業を盛んにするための最後の必要項目がジェンダー」であること、そして「このまま待っていては、5年先も世界に勝てない」と強く感じたという。
すでに愛知県には女性起業家支援プログラムが存在したが、女性の起業の裾野を広げ、個人事業に寄り添い伴走する内容で、地域の基盤産業を強くするような内容ではなかった。課題があれば、即行動する奥田さん。「なければ自分で作ればいい」と自ら企画・設計し生み出したのが、2025年9月にスタートした女性起業家支援プログラム「FLARE AICHI」だ。
「ものづくり」と「グローバル」が、愛知の強み
FLARE AICHIのウェブサイト。
FLARE AICHIのFLAREは、「Female Leaders of Aichi Revolutionizing Enterprise」の頭文字。太陽フレアのように一人ひとりの情熱や才能が炎のように力強く燃え上がり、それがやがて大きなうねりとなって地域全体を明るく照らしほしい、そんな奥田さんの願いが込められている。実際に募集をかけてみると予想を大きく上回る応募数、しかもレベルの高い申し込みに関係者はうれしい悲鳴をあげた。
「数年かけてスケールさせる女性起業家を集めようと思っていましたが、すでに資金調達に動いているような人たちが水面下にたくさんいたことに驚きました。東京のアクセラレータープログラムに参加して学ぶなど、1人でもがいていた女性起業家の存在が自治体や私たちの目には届いていなかったのです」(奥田さん)
奥田さんたちが気づかなかったのも無理はない。彼女たちはこれまで愛知出身であることを公言してこなかったのだ。同プログラムの応募規定に愛知県在住や法人登記を求める条件はない。ただし、愛知とゆかりがある、もしくは愛知の産業とシナジーを生み出せる可能性がある場合は面接時に加点される仕組みとなっている。
その結果、採択された12組のうち8組がこの土地と何かしらの縁がある人で、起業アイデアも愛知ならではの特色があるようだ。養鶏場の卵をAIで分別するレーン、工場内に設置する防塵エアシャワー、歯ブラシや櫛など竹製のアメニティなど、他地域と比べて工場を必要とするものづくり事業が多い。その理由は2つあると奥田さんは考えている。
「ひとつは周囲に製造業の人が多く、ものづくりに抵抗がないこと。そして、もうひとつは海外赴任や出張などで身近にグローバルで活躍する人が多いことです。クルマや電化製品の部品を作る零細企業や商売をする中小企業も、元をたどれば親や祖父母の世代が起業したから。さらに遡れば、愛知は戦国武将を数多く輩出した、もともと起業家気質のある土地でもあるのです」(奥田さん)
次のTechGALA Japanには、ジャック・アタリも登壇
撮影:中山実華
2年前の冬、TechGALA Japanの総合プロデューサーをやらないかと打診を受けたとき、奥田さんは周囲から「(他の地域から入って)愛知で仕事をするのは大変だ」「愛知の人をまとめていくのは難しいよ」とさんざん忠告されたという。だが、全国各地で先進的な取り組みをしてきた奥田さんにとっても、「プロジェクトを進めるのに、こんなに仕事をしやすいところはない」と言うほどに事は順調に進んでいるようだ。
奥田さんによると、愛知はフォロワーシップに長けている地域で、リーダーの資質を見抜く力を持つ人が多い。加えて、リーダーが掲げる夢は大きければ大きいほど人々の心に響き、明確なビジョンや方向性を示すと一気に結束力を増し、驚くほどのスピードで進んでいくというのだ。実際に学生やスタートアップを目指す人たちは、この1年で風景が一変したことを実感しただろう。ただ、一般の人が「愛知は挑戦できる土地」といったシビックプライドを醸成するには、あと2年くらいかかると奥田さんは見ている。
TechGALA 2026のウェブサイト。
2025年2月に開催された初回のTechGALA Japanを終えて、奥田さんは確かな手応えを感じるとともに、グローバル面をさらに強化する必要を認識したそうだ。そのため2回目の2026年1月に向けて、事前にインド・韓国・シンガポールでピッチコンテスト出場者の予選会を実施。セッションも国内外から多彩なスピーカーを迎え、クロージングセッションにはオンラインながら、愛知県のイノベーション・アドバイザーである、フランスの経済学者・思想家のジャック・アタリ氏も登壇する。
TechGALA Japan 2026は、街に「なんだか面白そう」とワクワクする空気が流れ出るよう地元の人に馴染みのあるマツザカヤホールを含む5会場を選定し、もちろん託児所も用意されている。また、公式サイトにアンチハラスメントポリシーを掲げていることからも、このイベントに多様性のある人を本気で受け入れ、地域産業に活かしていこうとする奥田さんの覚悟をうかがい知ることができる。
破壊的イノベーションから、重層的な創造の時代へ
撮影:中山実華
日本では、この10年でようやく女性起業家支援に国や自治体の予算がつくようになり、アクセラレータープログラムの普及によって起業に関する知識を身につけ、仲間を得る機会は徐々に増えている。しかし、一向に改善されないのが投資の課題で、起業家における女性比率は34.2%であるのに対し、資金調達に至る割合はわずか1〜2%という状況だ(2022年 金融庁スタートアップラボの調査より引用)。
「投資における男女格差は、非常にアンバランスなまま。最近は女性起業家に向けた投資を始めるVCも増えてきましたが、それでも男性と比べて額が1桁違うほど、女性起業家に対する投資は十分ではありません」(奥田さん)
引き続き、女性起業家には「仲間と投資」が不足している。そして社会全体では「子育てや介護などのケア問題をシェアし合える環境が整っていないこと」が課題だと奥田さんは強調する。キャリアだけに走りすぎず生活を中心に据えて、それぞれが生きやすい方法で仕事をする。そんな社会が実現すれば、「女性起業家だけでなく男性にとっても、きっと生きやすくバランスが取れた社会になる」。これは絵空事ではなく、「自分の居心地がいいことを突き詰めていくと、人にとっても居心地がいい」を実践してきた奥田さんと周囲の体験に裏打ちされている。
「これからは自分もみんなも幸せになりながら新しいものを作る、破壊的イノベーションの時代から重層的な創造の時代へと変わっていく。そんな時代にぜひ愛知で新しいチャレンジをしてほしいと思っています」(奥田さん)
社会には乗り越えるべき壁がいくつも存在するが、奥田さんは「壁が大好き」と笑う。目の前にある壁と一つひとつ対峙するのは大変だが、100個くらいの壁をまとめるとステージになる。そのステージに先に上がって旗を振り、「みんなこっちだよ!」と引き上げる役目を果たしていきたい。奥田さんが愛知で上げた革命の狼煙は、離れた土地で暮らす女性起業家の目にも映るだろう。想いが人から人へと伝わって、やがて日本全体へと広がっていく。奥田さんにはそんな未来が見えている。
奥田浩美(おくだ・ひろみ) 株式会社ウィズグループ 代表取締役。ムンバイ大学(在学時:インド国立ボンベイ大学) 大学院社会福祉課程修了。1991年にIT特化のカンファレンス事業を起業。2001年に株式会社ウィズグループを設立。2013年には過疎地に株式会社たからのやまを創業し、地域の社会課題に対しITで何が出来るかを検証する事業を開始。委員:環境省「環境スタートアップ大賞」審査委員長、経産省「未踏IT人材発掘・育成事業」審査委員、厚労省「医療系ベンチャー振興推進会議」委員等 、 著書:ワクワクすることだけ、やればいい!(PHP出版)ほか。
(取材・文:山本千尋)
TechGALA Japan 2026は、1月27〜29日に開催!
これまでのビジネスカンファレンスとは一線を画す、地球の未来を拓くテクノロジーの祭典「TechGALA」。世界中から、現在の社会をリードする各分野のプロフェッショナルたちが集結。革新的な技術や社会創造などさまざまな文脈で、世界的なネットワークを創出するグローバルイベントです。
2026年は、愛知県名古屋市の栄地区(1月27〜28日)と鶴舞地区(1月29日)の2地区で開催予定。詳細は公式サイトをご覧ください。
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Visitor…TechGALAの雰囲気を楽しみたい方向け(定価 ¥15,000)
Student…学生向け(定価 ¥5,000)
※TechGALA Japanの委託事業者に採択されているインフォバーンは、MASHING UPを運営するメディアジーンと同じTNLメディアジーンのグループ会社です。
