コラム:ドイツ財政は転換点に、ユーロ/ドル相場の復調と今後の「シーソーゲーム」的展開=植野大作氏

 早春の外国為替市場でユーロ/ドル相場の急激な失地回復が進んでいる。植野大作氏のコラム。2023年3月撮影(2025年 ロイター/Dado Ruvic)

[東京 10日] – 早春の外国為替市場でユーロ/ドル相場の急激な失地回復が進んでいる。3月7日には一時1.0889ドルと昨年11月6日以来、およそ4カ月ぶりの高値圏まで買い進まれる場面があった。2月3日に記録した年初来安値の1.0141ドルを大底に、約5週間の短い期間に最大高低差で748ポイント、騰落率換算で7.4%もの急騰劇だ。一体何が起きているのだろうか。

ユーロ/ドル相場が反発している背景は明快だ。2月23日に実施されたドイツ総選挙の結果を受け、選挙前には少なくとも数カ月単位で長引くと思われていた連立政権の設立協議が予想外の速度で進む中、長らく欧州経済の回復を妨げる重石になっていた「厳格過ぎるドイツの財政規律」が緩む可能性が一気に高まっている。

ドイツの次期政権発足に向けた連立協議を始めている中道右派のキリスト教民主・社会同盟(CDU・CSU)と中道左派の社会民主党(SPD)は3月4日、1)今後10年間の連邦予算と別枠で5000億ユーロの特別基金を設立する、2)国内総生産(GDP)の1%を超える国防費について、均衡財政を義務付けている憲法規定(債務ブレーキ)の適用除外にする、3)州政府の借り入れ上限をGDP比0%から0.35%に引き上げる――などの方針で合意した。

ただ、CDU・CSUとSPDの獲得議席を合わせても憲法改定に必要な3分の2には届かない。このため、両党は25日までに召集される新議会の発足を待たず、債務ブレーキの緩和に賛成とみられる「緑の党」を加えた議席数が3分の2を超えている現在の議会を緊急招集して必要な手続きを急ぐ見込みだ。

憲法改正が実現すれば、これまで厳格な規律に縛られていたドイツの財政が歴史的な転換点を迎えることになる。新政権発足後のドイツで上記の施策が実施されれば、GDP比で2─3%の財政拡張が可能になりそうだ。CDU・CSUとSPD両党は、新議会の発足後にも更なる債務ブレーキの緩和を進めて公共投資の拡大を目指す方針だと伝えられている。

拡張財政の実現を可能にするドイツの動きに触発され、欧州連合(EU)でも国防費の増額に向けた取り組みが進み始めた。欧州委員会のフォンデアライエン委員長は6日、ウクライナ和平への道筋と地域の安全保障を議論する首脳会議で総額8000億ユーロの国防費増額を可能にする資金の提供や加盟国共通の財政ルールの緩和を提案した。長引くロシア・ウクライナ戦争への対応強化が求められる中、北大西洋条約機構(NATO)加盟国による防衛費増額を強く要求する米トランプ政権の圧力も起爆剤になり、ドイツとEUが足並みを揃えて財政拡張に踏み込んでいくとの期待が高まっている。

現在、ユーロ圏の経済は低迷色の強い状態から脱し切れていないが、ドイツ及びEUの財政政策の歴史的な転換を受けて、これまで景気の復調に必要な利下げを進めてきた欧州中央銀行(ECB)の金融政策に対する市場の期待も変化し始めている。

6日に開いた政策理事会でECBは、今次の金融緩和局面で6度目となる0.25%ポイントの利下げを決定。中銀預金金利は2.5%まで引き下げられたが、その後の会見でラガルド総裁は、今後の金融政策運営について事前の確約を排除しつつも、「漸進的なアプローチに移行する」、「EU首脳会議の結果に大きな注意を払っている」などと発言、今後の利下げペース減速の可能性に言及した。

厳格に過ぎるとの批判にさらされていたユーロ圏の財政ルールに望外の拡張余地が生まれれば、景気回復支援の負担を過度に抱え込んでいたECBに対する利下げ圧力は緩和する。現在、ECBはユーロ圏の中立金利を1.75%─2.25%程度との試算結果を公表しているが、あと2回の利下げで中銀預金金利はその中央値に達することから、金利スワップ市場が織り込むECBの利下げ停止までの追加想定回数も足元では1.8回程度に縮小した。

ドイツ及びユーロ圏の今後の財政・金融政策に対する市場の期待が急速に変化したことを受け、ユーロ圏主要国の長期金利の下限ベンチマークの役割を果たしているドイツの10年国債利回りは急激に上昇中だ。このため、2月初旬に1ユーロ=1ドルのパリティ割れ目前まで売り込まれていたユーロ/ドル相場も急激に底上げされ、パリティ水準までの「のりしろ」が大幅に拡幅された。

今後、トランプ米大統領が予告しているEUからの輸入品に対する25%の関税が発動された場合、EUは報復関税を米国製品に課す可能性が非常に高い。その場合、欧米間での関税バトルの再発懸念が高まって、ユーロ安・ドル高圧力が再燃する可能性がある。このため、今後もこれまでと同じ勢いで一方的なユーロ高・ドル安が進み続ける可能性は低いだろう。ユーロ/ドルのパリティ割れリスクはひとまず遠のいたとみられるが、消滅したと判断するのは時期尚早だ。

ただ、これまでロシア・ウクライナ戦争の勃発直後に加速したユーロ/ドル相場の下落局面でパリティ割れ水準での差し込み幅を0.95ドル台までに制限し、南欧諸国の債務危機でユーロ/ドル相場が値崩れした時でもパリティ割れを阻止する一助になったユーロ圏の貿易サービス収支の黒字は、現在も年率5000億ユーロもの巨額の水準を維持している。欧米の政治情勢や金利サイクルと関係のない実需のフローがステルス性の高いユーロ買い圧力の発生源になってユーロ/ドル相場の下値を支える基礎的な為替需給の構図は変わっていない。

上記諸々の考察結果を踏まえると、当面のユーロ/ドル相場はドイツ財政政策の歴史的な転換期待という強気材料と、米トランプ政権との通商摩擦再発懸念という弱気材料を天秤の両サイドに載せて大きく揺れ動くシーソーゲームのような展開になりそうだ。今後の想定レンジにつては、広めに考えておくのが無難だろう。1ユーロ=1ドルのパリティ前後の水準では底堅く推移する一方、同1.1ドルを超えるレベルでは次第に上値が重くなるとみておきたい。

編集:宗えりか

*本コラムは、ロイター外国為替フォーラムに掲載されたものです。筆者の個人的見解に基づいて書かれています。

*植野大作氏は、三菱UFJモルガン・スタンレー証券のチーフ為替ストラテジスト。1988年、野村総合研究所入社。2000年に国際金融研究室長を経て、04年に野村証券に転籍。国際金融調査課長として為替調査を統括、09年に投資調査部長。同年7月に外為どっとコム総合研究所の創業に参画、12月より主席研究員兼代表取締役社長。12年4月に三菱UFJモルガン・スタンレー証券入社、13年4月より現職。05年以降、日本経済新聞社主催のアナリスト・ランキングで5年連続為替部門1位を獲得。

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