今月の「空想書店」には、元衆院議長の伊吹文明さんがご登場です。自宅や事務所にある蔵書を書店になぞらえながら、お薦めの本について語ってくださいました。

[空想書店]「知ること」味わう品ぞろえ…4月の店主は榊󠄀原紘さんです

本店と支店が三つ 「伊吹書店」の来歴から話さないといけないですね。私は3代目なんです。明治・大正時代の商家の人としては珍しく祖父も本が好きな人でしたが、父が特に大変な読書家でしたので、京都の自宅には、夏目漱石や芥川龍之介、森鷗外の全集もの、岩波書店の日本思想大系(全67巻)や日本古典文学大系(全100巻、別巻2)など、古書店を開いた方が良いのではと思うぐらい、大正時代からの全集ものがそろっています。ヒトラーの我が闘争とマルクスらの共産党宣言が並んでいたのには笑ってしまいます。その意味では環境に恵まれていました。 伊吹書店は「支店」もあります。国会議員をやっていたときは議員会館支店がありましたが、議員を引退した今では、東京事務所支店、東京の自宅支店と京都事務所の支店ですね。先ほどお話しした京都の「本店」と合わせると、本店と支店が三つでの品ぞろえです。 おのおの特徴があって、東京事務所支店は、六法全書や昭和財政史など、仕事関係の本が多い。東京の自宅支店は、ほっとして楽しむための書物が結構あって、池波正太郎さんのものなどは、随筆も含め、全てそろっていると思います。それにいわゆる重臣と言われる人たちの日記や、吉田茂さんの書簡集などもたくさんあります。京都の事務所支店は、京都の歴史や神社仏閣の案内から、料理屋さんの案内まで、京都関連の紹介本が多いですね。人生には楽しいことも大切 何か一つのことだけをやると偏ってくる。人生には楽しいことも大切なので、我が書店は常に「中庸」を旨として、様々な本を取りそろえています。 中でも毎週読んでいるのは『折々のうた』。新聞で大岡信さんが連載していたものを岩波新書がその都度出していました。『続折々のうた』を含め全てそろっています。現在ではそれをたどって編み直した本もあります。俳句や川柳もあれば、和歌や短歌、漢詩もある。折々の日本人の心や季節の移りを感じます。その時々の日本人の心や美意識に思いをはせるのは一種のロマンです。
 『
菜(さい)根(こん)譚(たん)
』も1週間に1度は目を通します。子供の頃、「世間様に顔向けできないようなことをしては駄目だよ」とか「お天道様のもとを歩けないことをやっちゃいかん」としつけを受けたけれど、世間様やお天道様に恥じない行いをしている自信がないと、他人のことをとやかく言うのは難しい。お天道様に恥じることなく、世を渡るための手引き書のようなものでしょうか。
 何となくしんどい時に、息抜きに読むのは、池波正太郎さんの『剣客商売』。剣が強く、食にこだわりがある主人公は、現役から一呼吸置いて、江戸の中心から離れたところに住んでいるが、浮世にも関心があり、時の権力者とも肝胆相照らしながら、悪を懲らしめる。羨ましい長寿者像です。『食卓の情景』(池波正太郎著、新潮文庫、880円)『食卓の情景』(池波正太郎著、新潮文庫、880円)
 池波さんの食に関する文章は非常に面白く、『食卓の情景』という本に書かれている店で、私の行きつけになっている店がいくつかある。中には店を閉めたところもあり、時代の移り変わりで寂しいですね。池波さんはコストパフォーマンスに厳しい人のようです。私の著書・『保守の旅路』にも書きましたが、京都の人は1万円払って1万5000円のサービスを受けると「いい店」と言う。だけど2万5000円のサービスを受けても、3万円取られると、「あの店は駄目だな」と。池波さんにも同じようなところがある。だから下町の、そんなに値段が張らない、でも客あしらいのいいところが
贔屓(ひいき)
なんですね。日曜日のちょっと時間がある時に読んで、次に時間がある時に訪ねてみるとか、それも息抜きです。何事も食べ過ぎない・飲み過ぎない・遊び過ぎない。しかし、食べない・飲まない・遊ばないのは駄目という人生を大切にしています。
「保守」の神髄 遊んでばかりと思われるといけないので、この本を挙げましょう。政治をやってきた中で、私が一番大切にしてきたのは「保守」の理念です。エドマンド・バークの『フランス革命の省察』と、ハイエクの『隷属への道』で、その基本を学びました。イギリスの国会議員だったバークは、フランス革命を見て、長い時間をかけ取捨選択をしながら創り上げたものを、なぜ一時の感情や目先の利益で破壊するのかと革命を批判します。『隷属への道〈新版ハイエク全集第Ⅰ期別巻〉』(F・A・ハイエク著、春秋社、2090円)『隷属への道〈新版ハイエク全集第Ⅰ期別巻〉』(F・A・ハイエク著、春秋社、2090円) 保守は必ずしも旧弊を墨守するものではない。ただ今の時代に生きている者の判断は間違うかもしれない。その時は長い歴史のなかで積みあげられてきた伝統に立ち返るという謙虚な前提に立っている。ハイエクも、「個人は間違う。だから独裁や、一部のエリートが作る計画経済は危険で、多くの人が取引して価格を決める市場経済と、皆が投票して物事を決める民主制がいい」と説きます。
 もちろん市場経済も民主制も、
儲(もう)
け至上主義や、SNSなどであおられると、それに反応して投票してしまうなど欠点がある。『フランス革命の省察』でも、権力を得るために大衆を扇動し、権力は手に入れたものの、現実の処理に
呆(ぼう)然(ぜん)
と立ちすくむ姿や、その後の社会の大混乱が描かれています。
 そこでバークは、国家は、前の世代のものを受け継ぎ、自分の時代で良きものを付け加え、次の世代に渡していく「3世代の共同体」だと語ります。私も、政治はそうあるべきと考えてきました。日本の規範意識はどこから 私たちの社会の秩序は、独裁者の一存ではなくて、法律で守られている。けれど、それ以上に大切なのは、世間様とかお天道様という、暗黙のうちに皆が認識している約束事、規範意識です。これが保守の肝で、ハイエクのいう「自生的秩序」かなと思います。ただ、それは国や地域によって少しずつ異なるとバークは言います。『宗教と日本人』(岡本亮輔著、中公新書、902円)『宗教と日本人』(岡本亮輔著、中公新書、902円)
 では、日本の規範意識は、どう創られたのでしょうか。一つは神道でしょう。大昔、ご神体はみな自然でした。滝や山や大きな岩など。弥生時代以降の日本人は農耕民族です。稲は適度な水と適度な日の光がないと育たない。水がありすぎれば洪水だし、日照りになっても駄目でしょう。これらを恵む
人(じん)智(ち)
の及ばぬものへの畏敬、感謝のようなものが育まれた。そして助け合って農耕にいそしむ。そこに日本人の生き方、文化としての協調性、別の見方をすると、自己主張の薄い、同調圧力がある。そういったものを学ぶ上で、入門書として分かりやすいのが『日本人は何を考えてきたのか』です。また、神道に加え仏教と儒教ですね。その意味では岡本亮輔さんの『宗教と日本人』や、私の地元京都に住んでおられる山折哲雄さんの『仏教とは何か』、大阪大学名誉教授の加地伸行さんの『儒教とは何か』の3冊も入門書として、とても参考になると思います。
 遊びやほっとするものと、仕事に関係するものとのバランスの中で、「伊吹書店」は品ぞろえをしています。一度のぞいてみてください。(談)『儒教とは何か』(加地伸行著、中公新書、990円)『儒教とは何か』(加地伸行著、中公新書、990円)『仏教とは何か』(山折哲雄著、中公新書、726円)『仏教とは何か』(山折哲雄著、中公新書、726円)◇ 丸善丸の内本店(JR東京駅前)の3階で、近日中に伊吹文明さんの「空想書店」コーナーが登場します。
 
伊吹文明
(いぶき・ぶんめい) 1938年、京都生まれ。生家は1820年創業の繊維問屋。大蔵省(当時)勤務を経て、1983年から衆院議員。文部科学相、財務相、自民党幹事長などを歴任し、第74代衆院議長に就任。2021年に議員を引退。
店主の1冊『フランス革命の省察』(エドマンド・バーク著、みすず書房、3850円)
 フランス革命に伴う混乱を批判した、保守主義のバイブルとされる名著。「大学時代に出会ったこの本は、政治家人生を送る上で『柱』になりました」
『大岡信「折々のうた」選 俳句(一)』(長谷川櫂編、岩波新書、858円)
 詩歌の豊かさを平易な言葉で紹介する、詩人・大岡信さんの人気コラムを再編集したもののうちの1巻。
『菜根譚 全訳注』(洪自誠著、講談社学術文庫、1430円)
 人間はいかに生きるべきかを様々な角度から論じた中国明代の処世訓。「田中角栄さんも愛読者だったそうです」
『剣客商売一 剣客商売』(池波正太郎著、新潮文庫、737円)
 「鬼平犯科帳」や「仕掛人・藤枝梅安」と並ぶ著者の人気シリーズの第1巻。「これだけでなく池波さんは食のエッセーも面白い」
『日本人は何を考えてきたのか』(齋藤孝著、祥伝社黄金文庫、880円)
 礼賛でも自虐でもなく、日本思想の流れを上流から下流までたどり、自分の国の正しい姿を知ろうと
謳(うた)
う本。