彼女は、私たちが本当はどんな世界に生きているのかを映す。彼女とはニナ・メンケス、アメリカの映画監督。革新的な映画的フェミニストにして、同国屈指のインディペンデント映画作家と目される人だ。日本ではほとんど知られてこなかったが、現在、「ニナ・メンケスの世界」と銘打って、初期代表作を含む3作が初めて劇場公開されている。なぜ知られてこなかったのか。公開作の1本「ブレインウォッシュ セックス-カメラ-パワー」(2022年)はその問いへの答えと、観客の映画の見方を一変させる可能性をはらむパワフルなドキュメンタリー。メンケスにインタビューした。(編集委員 恩田泰子)「ブレインウォッシュ セックス―カメラ―パワー」=(C)BRAINWASHEDMOVIE LLC「ブレインウォッシュ セックス―カメラ―パワー」=(C)BRAINWASHEDMOVIE LLC

アメリカ屈指のインディペンデント映画作家 メンケスは、カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)演劇・映画・テレビ学校に在学中の1980年代初頭から作品を発表。孤独な主人公が生きる現実と内なるビジョンを巧みに混交させながら、世界の姿を鮮烈に描き出してきた。美しさと不穏さが同居する鮮烈なイメージ、時間を巧みに操った編集、現実的な音を生かしたサウンドデザインは圧倒的。ほとんどの場合、脚本も撮影も編集もプロデュースもメンケス自身が手がける。 <私にとって、映画は魔術。観客と私自身双方の知覚を配列し直し、意識を拡張するために世界と触れ合う創造的な方法>という言葉を掲げる。「クイーン・オブ・ダイヤモンド」=(C)1991 Nina Menkes (C)2024 Arbelos「クイーン・オブ・ダイヤモンド」=(C)1991 Nina Menkes (C)2024 Arbelos 今回、「ニナ・メンケスの世界」として公開になったのは、初期の代表作である2作「マグダレーナ・ヴィラガ」(86年、2Kレストア版)、「クイーン・オブ・ダイヤモンド」(91年、4Kレストア版)、「ブレインウォッシュ」だ。
 ある
娼婦(しょうふ)
を主人公にした「マグダレーナ・ヴィラガ」は初長編にして、ロサンゼルス映画批評家協会賞の最優秀インディペンデント/実験映画賞を受賞した作品。ラスベガスのカジノでディーラーとして働く女性の日常を描いた「クイーン・オブ・ダイヤモンド」は2023年、「アメリカ国立フィルム登録簿」(映画遺産保護のため、「文化的、歴史的、美学的に重要」とされる米国作品が毎年25本選定される)に加えられている。
 この2作の主演はいずれも、妹のティンカ・メンケスだ。ティンカは、姉のキャリア最初期から、出演のみならず、創作上の重要なパートナーとなってきた。姉妹の共同作業による作品は5作品を数えたが、現在、ティンカは闘病中だという。「映画で稼いだことはなかった」 活動初期から受賞を重ね、批評家たちから称賛されてきたメンケスだが、「映画で稼いだことはなかった」という。「生き残って家賃を払い続けるため」、UCLAの大学院生だったころに教職についた。まず南カリフォルニア大学映画芸術学校、その後、カリフォルニア芸術大学で。 映画制作に活用してきたのは助成金。「私はできる限り、UCLAにとどまろうとしました。たぶん10年くらい。大学には機材も設備もそろっていますから。あと私に必要なのはカメラ、そして(協力を求めて)あちこちに電話して……」。独特の美学に貫かれた映画を実現させるためにさまざまな人に協力を求めてきた。たとえば、「クイーン・オブ・ダイヤモンド」では、本物のカジノでの画期的な撮影を実現しているが、これはオーナーに「あなたのカジノで撮影できませんか。お金は払えませんが、クレジットに載せますから」と頼み込んだ結果だという。「私の映画はみんなそんなふうにして作ってきたのです」「マグダレーナ・ヴィラガ」=(C)1986 Nina Menkes (C)2024 Arbelos「マグダレーナ・ヴィラガ」=(C)1986 Nina Menkes (C)2024 Arbelos メンケスへのインタビューはオンラインで行った。語る言葉は率直だが、語り口は終始ゆったり柔らか。困難な経験を語る時でも。 「(初期の受賞で)よし、いける、私は映画を作るためにこの地球に生まれてきた、と確信しました。でも、道はひらけませんでした」。「マグダレーナ・ヴィラガ」がロサンゼルス映画批評家協会賞の賞を取った時はまだ学生だった。「映画学校の若い学生がこの賞を受賞するのは、とてもとても大きなことです。でも何も起きませんでした。世界中の映画祭にも行きましたが、(映画会社からの)電話もオファーも何一つ来ませんでした」 そうした状況の原因は、「私の映画の過激さ、女性に対する既存のイメージへの異議申し立てをはらんでいること」だとも考えていた。だが、やがて、それは性差別ゆえの構造的問題だと気づく。「自分だけが苦労していると思っていたのに、ほかの女性監督たちの声や統計的な裏付けを知るにつれ、それがシステムの問題だとわかったわけです。そのシステムによって女性監督が窮地に立たされているのだと」「名作」の場面構成に「男性のまなざし」 そのような「システム」と、ハリウッド製「A級映画」の場面構成の連関を読み説くのが、「ブレインウォッシュ」だ。 もとになったのは、メンケスが20年以上にわたって練り上げた制作実習生用の講義の内容だ。俳優が男か女かによって視点も構図もカメラの動きも照明も全く異なることを、さまざまな映画の抜粋映像をたっぷり使って例証。場面構成を貫く「男性のまなざし=メール・ゲイズ」をメンケス自身が解き明かしていく。そして、そうした視線が現実世界に与えてきた負の影響を、映画制作や研究に携わってきた女性たちのインタビューとともに浮かび上がらせていく。 フリッツ・ラングの「メトロポリス」、オーソン・ウェルズの「上海から来た女」、アルフレッド・ヒチコックの「めまい」、マーティン・スコセッシの「レイジング・ブル」、スパイク・リーの「ドゥ・ザ・ライト・シング」、クエンティン・タランティーノの「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド」……。これらは登場する映画のほんの一部で、性に基づく場面構成の例示は枚挙にいとまがない。そうした作品において男性は主体として「見る側」、女性は客体で主に欲望の対象として「見られる側」に置かれている。そして、そうした描写は観客の意識下に沈殿する。ニナ・メンケスニナ・メンケス メンケスは言う。「個人的には、それが『男性のまなざし』と呼ばれるものだと知ったのはずいぶん後になってからですし、最初のうちはショットデザインの問題点を必ずしも深く理解していなかったのですが、『あの映画には何か性差別的なものを感じる』『私はそんなふうに世界を見ていない』と、直感的な嫌悪感を抱いたのは事実です」「見るがいい、私も見返すから」 同作では、映画学校の学生の男女比は半々なのに、興行収入トップ250の作品の監督に占める女性の割合は1割前後で推移してきたことも提示される(サンディエゴ州立大学のリポートによれば、1998年は9%、2018年は8%、2023年は16%)。本作の共同プロデューサーの一人で、映画監督・活動家のマリア・ギーズは、人種、宗教、出身国、性を理由とする雇用上の差別を禁止する米の公民権法第7編(タイトルセブン)に触れ、「ハリウッドは国内で最も違反が多くどの業界より悪い」と指摘している。 米政府の雇用機会均等委員会(EEOC)は、2015年に映画とテレビ業界における雇用状況の調査に着手したが、そのきっかけを作ったのは、ギーズの問題提起であり、それを受けた米国市民自由連合(ACLU)のアクションだった。 17年には大物プロデューサー、ハーヴェイ・ワインスタインによる女優や従業員への長年の性的暴力が告発され#Me Too運動に火がついた。同年秋、メンケスが「抑圧の視覚言語:ハーヴェイは孤立状態で仕事をしていなかった」というタイトルのエッセーで自身の講義の概略に触れたところ、話題を呼び、あちこちから講演依頼を受けることに。本作は、18年1月にサンダンス映画祭で最初に発表し、各地を巡回した「セックスとパワー:抑圧の視覚言語」の内容に基づいている。 「ブレインウォッシュ」の終盤では、「男性のまなざし」にとらわれない女性監督たちの作品群とともに、アニエス・ヴァルダ監督の言葉が紹介される。<フェミニズムの第一歩は見ること 見るがいい 私も見返すから>女性のスピリチュアリティ― 「ブレインウォッシュ」では、男性のまなざしを踏襲した女性監督作品も例示される。「それは深層に入り込むのです」とメンケスは言う。 ただ、メンケス自身はそうした「男性のまなざし」にとらわれることはなかった。「ブレインウォッシュ セックス―カメラ―パワー」=(C)BRAINWASHEDMOVIE LLC「ブレインウォッシュ セックス―カメラ―パワー」=(C)BRAINWASHEDMOVIE LLC 「ご存じのように私は撮影もします。自分のまなざしで見た世界を撮ってきた。その点では、私は、私よりも洗脳されていた多くの女性たちとは違っていたのでしょう」 映画を作るにあたり、「映画の巨匠たちの手法を参照することはなかった」という。「私は10代の頃にダンスや振り付けに関わり始めました。また撮影もずっとしていました。私が最初に作った映画は、ダンス映画と言うべきものです。また、私が育ったカリフォルニア州バークレーは政治的な意識が非常に高い土地柄で、子供時代から影響を受けてきたと思います。そして映画学校に入った時、私はそうした自分の資質を最良の形で融合できると感じた。私の関心事は常に、私自身の興味を夢の世界で統合することだったのです」 自身に影響を残したと思う映画は、「赤い砂漠」(ミケランジェロ・アントニオーニ監督)、「8 1/2」(フェデリコ・フェリーニ監督)、「冬の旅」(アニエス・ヴァルダ監督)、「去年マリエンバートで」(アラン・レネ監督)など。「どちらかと言えば、ヨーロッパのアート映画と言われるものに興味を感じていました」。ちなみに「マリエンバートで」は「撮影や編集、時間の使い方に魅了された」が、後年になってサウンドトラックがいかに性差別的かに気づいたとも。「男性キャラクターの語りでびっしり固められていて、女性は歩き回って、同じ言葉を繰り返すばかり」。「ブレインウォッシュ」でのトークもそうなのだが、この人の言葉は聴く者に気づきを与える。 映画以上に、作家や写真家、画家の影響も大きいという。名前が挙がったのは、アンドレ・ブルトンやマックス・エルンストといったシュールレアリストたち、フリーダ・カーロら。「マグダレーナ・ヴィラガ」では、主人公が「私は魔女、私は魔女、私は魔女」と繰り返す場面があるが、それは、フェミニストのメアリー・デイリーの著作によっているという。「女性のスピリチュアリティーは私の人生や仕事において大きな意味を持ち続けています」その瞬間、燃え上がるもの「マグダレーナ・ヴィラガ」=(C)1986 Nina Menkes (C)2024 Arbelos「マグダレーナ・ヴィラガ」=(C)1986 Nina Menkes (C)2024 Arbelos メンケスにとって「映画づくりは探求と創造のプロセス」で、「脚本はそのためのアウトライン」だ。「ティンカが言っていたことですが、いい脚本は釣り餌のような役割を果たす。それを携えて未知の世界を探索し、何かを釣り上げる」 脚本を細かく書き込みすぎること、撮影前にあらゆることを練り上げてしまうことには「抵抗を感じる」し、「避けるようにしている」という。「私は作りながら発見したい。そのアプローチを取ることによって、カメラの前に私自身も予想していなかった形で奇跡のようなものが現れる」 「私の映画はすべて、物語とドキュメンタリーの組み合わせのようなものです。それは予算が少ないからでもありますが、私自身、その組み合わせが好きなんです」とも。「クイーン・オブ・ダイヤモンド」=(C)1991 Nina Menkes (C)2024 Arbelos「クイーン・オブ・ダイヤモンド」=(C)1991 Nina Menkes (C)2024 Arbelos 「クイーン・オブ・ダイヤモンド」のラストシーンも、そうやって作ったものだった。「誰かが主人公を車で拾うということは脚本に書いてありました。私たちはただ道端で誰かが来るのを待って、『映画に出てみませんか』と声をかけて、何をして何を言うかを伝えました。計画的ではなく、人選も無作為だったのですが、素晴らしいシーンになりました。ちょっと暗かったので、後で撮り直しもしたのですが、面白味がずっと減っていました。その瞬間だけ燃え上がるようなものがあるのです」二つの素晴らしい脚本 「ブレインウォッシュ」を見ると、女性監督たちのまなざしの可能性を強く感じる。出演者の一人が、性差別者を排除したら業界がなくなるのならば「一からやり直せばいいでしょう」と言う時、胸がすく思いがする。ただ、メンケスはそれほど楽観的ではない。 「映画は非常にお金のかかる芸術です。私はこれまである種の奇跡を起こしながら、いかなるシステムにも属さずに自分の映画を作ってきました。かなりの低予算映画ならばそれでいいのですが、もっとお金が必要な作品の時はどうすればいいのでしょう。『一からやり直し』というのは、とても素晴らしいこと思えますし、まったく賛成だけれど、現実に向き合った時、途方にくれてしまうのです」 実際、メンケスは新作のための予算調達に今も苦しんでいる。「映画の世界だけに限らず、富の不均衡は拡大していて、『金こそが神』という感覚が蔓延していることにおぞけだつような気分を抱いています」 ただ、「そんなに落ち込んでばかりもいられません」とも。「私の映画が日本で上映されることにわくわくしています。希望と幸せを与えられている」。こうも言っていた。「もし、日本で私をサポートしたい人がいらっしゃいましたらお気軽にご連絡ください。私が作ってきた映画を見て、実績を知っていただければ幸いです。私は二つの素晴らしい脚本を持っています」※「ニナ・メンケスの世界」は、東京・ヒューマントラストシネマ渋谷ほか全国順次公開中