ポール・オースターさんは4月30日死去。77歳だった=ロイターポール・オースターさんは4月30日死去。77歳だった=ロイター ポール・オースターの『ガラスの街』(一九八五年刊)の原文に初めて触れたときの爽快感はいまも忘れない。「ニューヨークは尽きることのない空間、無限の歩みから成る一個の迷路だった。どれだけ遠くまで歩いても、どれだけ街並や通りを詳しく知るようになっても、彼はつねに迷子になったような思いに囚われた。(中略)あてもなくさまようことによって、すべての場所は等価になり、自分がどこにいるかはもはや問題でなくなる。散歩がうまく行ったときは、自分がどこにもいないと感じることができた。そして結局のところ、彼が物事から望んだのはそれだけだった――どこにもいないこと。ニューヨークは彼が自分の周りに築き上げたどこでもない場所であり、自分がもう二度とそこを去る気がないことを彼は実感した」(拙訳)。「自分探し」「真の自分」といった掛け声が世の中からかまびすしく聞こえてくるなかで、ゼロになること、誰でもなくなることの快感が透明感あふれる文章で肯定されている。その肯定が何とも爽快に思えたのである。

 むろん、ゼロになることの快さは、社会的属性がすべて剥げ落ちた丸腰の個人の危うさと表裏一体である。『ガラスの街』からはじまって計十八作の中・
長篇(ちょうへん)
小説をオースターは著したが、その多くが、この快さと危うさを主題とするそれぞれ独特な変奏曲だった。物が次々なくなっていく荒涼とした世界でかけがえのない人間性を一人の女性が
見出(みいだ)
していく『最後の物たちの国で』(一九八七)、ぶざまで滑稽であるにもかかわらず――というより、ぶざまで滑稽であるからこそ――いくばくかの崇高さに触れてもいる若者をめぐる六〇年代青春小説『ムーン・パレス』(一九八九)、失踪した無声映画コメディアンのその後の数奇な人生をたどる『幻影の書』(二〇〇二)、「静かに死ねる場所」を探しに行ったブルックリンで友を見出しコミュニティに溶け込んでいく初老の男が中心に位置する『ブルックリン・フォリーズ』(二〇〇五)等々、多種多様な物語をこの主題からオースターは紡ぎ出してきた。

 「物語」がオースターの小説の鍵言葉であることは間違いないだろう。実際、本人と話していると、何の変哲もない出来事や人物にも何らかの興味深いつながりや逆説を――要するに物語を――見出す才があることが実感できて、物語とはそこにあるかないかではなく、見る者が見出すか見出さないかの問題なのだと思わされた。そして現実の中にであれ想像世界の中にであれ、見出した物語を彼はこの上なく
明晰(めいせき)
な言葉で語った。

 壮大な仕掛けが
具(そな)
わったもうひとつの六〇年代青春小説『4321』(二〇一七)、一人の作家がもう一人の作家の生涯と作品に対しここまで感情移入できるものかと
唸(うな)
らされる評伝『燃える若者』(スティーヴン・クレイン伝、二〇二一)など、どちらも七―八〇〇ページ台の大作を近年も発表していただけに、七十七歳での逝去はどう考えても早すぎる。いまはただ、ポールが安らかでいることを願うのみ。