かつて野球強豪校で白球を追っていた作家は、高校野球に対して「恨みがあった」という。「物心ついた時から全ての時間と思いをささげてきたのに、見向きもされなかった。逆恨みだとは自覚しているのですが」。野球部の補欠部員を描いた2008年のデビュー作『ひゃくはち』に思いをぶつけてから、小説の題材にはしてこなかった。

『恐るべき緑』ベンハミン・ラバトゥッツ著

 親になり、高校野球のノンフィクションも書いた。テレビに映る甲子園の見え方も変わった。「うがった見方をしていた球児のことを、『みんな頑張れ』と思えるようになった」。親という視点から、再びこの世界に取り組んだ。
 物語は、シングルマザーの菜々子が、新興の強豪校に進む息子・航太郎のために、大阪に移住する場面から始まる。ケガに苦しみ、寮生活で
変(へん)貌(ぼう)
していく息子の姿に戸惑い、父母会の“伝統”にも振り回される。描かれるのは、球児を見守る立場での、もう一つの闘いだ。「球児の視点と同じように、母にも3年間の物語があるに決まっている。一周回って、これは『熱闘甲子園』だと確信した」
亡くなった母と「対話」を繰り返す 母親の思いに深く潜り込み、立ち止まるたびに、13年に逝去した母と「対話」を繰り返した。生前はほとんど、当時の話をしたことはなかった。「寮に入る時に泣いていた母の姿を覚えている。その涙も、理解できるようになった」。成長していく息子と、見守る母。思いがすれ違いながら、夢に向かっていく2人の姿には、野球ファンならずとも胸が熱くなるはずだ。 この物語を書き終え、「空っぽなので(高校野球は)もう書かない」と笑った。それでも、高校野球は自らにとって「ふるさと」だとも。「むかついて出てきて、『二度と帰るか』と言いながら、帰らせてくれる場所。今の僕には想像がつかないけど……」(小学館、1870円)川村律文

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