船小屋温泉郷を中心にした筑後地区の活性化に取り組む安西さん船小屋温泉郷を中心にした筑後地区の活性化に取り組む安西さん 福岡県筑後市水田に工房を構える陶芸家・安西司さん(56)が、今年で開湯200年を迎えた船小屋温泉郷を中心に筑後地区の活性化に奔走している。温泉の沈殿物を使った磁器を考案したり、最もにぎわった昭和時代や近年の温泉郷のマップを作ったりしてきた。「これからも筑後の魅力を伝えるためのアイデアを考え、地域を盛り上げていきたい」と意気込む。(柿本高志)

 安西さんは同県大川市出身。県内の大学を卒業後、メーカーに就職し、地元を離れた。26歳の頃に父親を亡くし、母親のことが心配になったため、32歳で実家に戻った。改訂を重ねている「船小屋温泉郷」マップ改訂を重ねている「船小屋温泉郷」マップ 妻が趣味でやっていた陶芸にひかれ、佐賀県立有田窯業大学校(当時)に入学。2年間、片道70キロの道のりを車を運転して通学し、陶磁器の技術を身につけた。先輩の陶芸家にも学び、「新しい世界に挑戦するための試練だと思ってやり通せた」と振り返る。
 2004年、船小屋温泉郷の近くに「
遊陶里(ゆとり)
工房」を開いた。
 「子どもの頃、温泉前を流れる矢部川でよく泳いだ。中ノ島公園の巨大なクスノキの林も好きだった。思い出の場所に恩返しをしたい」と、鉄分を多く含む鉱泉の活用を思い立った。独特な色合いの船小屋鉱泉焼独特な色合いの船小屋鉱泉焼 陶器の上薬に鉱泉を用いた前例はあり、その場合、重量感のある褐色になった。しかし、磁器に使ってみると、表面はオレンジがかった明るい色に、内側は磁器特有の真っ白に仕上がることに気づいた。「船小屋鉱泉焼」と名付け、現在は筑後市の特産品として、ふるさと納税の返礼品にもなっている。 市史などによると、船小屋温泉は明治時代以降、有馬温泉(兵庫県)の泉質に似た炭酸泉であることが分かり、入湯客が急増。昭和に入ると、旅館は約50軒を数え、最盛期には芸者の数が60人を超えた。戦前は年間の宿泊者が4万7000人に上った時もあったという。 温泉の歴史への関心を深めた安西さんは、みやま市の長田地域を含む温泉郷の戦後から高度経済成長期の様子を知りたいと考え、地域の高齢者に聞いて回った。半年ほどをかけて、旅館や写真館、映画館、ストリップ劇場などを記したマップを自費で作成。往時をしのばせるレトロ調の作りが好評を得た。 その後も観光協会や商工会議所などからの要請で、2010年に船小屋鉱泉場、長田鉱泉場、中ノ島公園などのイラストと紹介文を載せ、散策に活用できる「船小屋温泉郷」マップを作った。11年の九州新幹線の全線開業後は、ソフトバンクホークスのファーム施設「タマホームスタジアム筑後」や川の駅「恋ぼたる」を追加するなど、昨年までに3回の改訂を重ね、無料で配布している。 安西さんは筑後市の九州芸文館の職員だった時期があり、今年4月に復職した。これまで「筑後七国酒文化博」の企画や、大川市の「小保・榎津町並絵図」作成などにも関わっており、「温泉のことや郷土の歴史を知れば知るほど愛着がわき、地域活性化に取り組む原動力になっている」と話す。 九州芸文館の本田雅紀総支配人は「これまでの活動で培ったことを若手芸術家に伝え、アートを筑後地区の観光と地域振興につなげる役割を果たしてほしい」と期待している。

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