世界で評価を集める中国人映画作家、ワン・ビン(王兵)は、中国社会の片隅、あるいは歴史の闇に埋もれてきた人生を、映画で照らし出してきた。最新作であるドキュメンタリー「青春」(東京・渋谷のシアター・イメージフォーラムほか全国順次公開中)で映し出したのは、小さな縫製工場で働く若い出稼ぎ労働者たちの日常。なぜ、彼ら彼女らにカメラを向けたのか。ワン・ビンにインタビューした。(編集委員 恩田泰子)
ワン・ビン監督
撮影地は、浙江省湖州市の
織里(しょくり)
。大経済地域「長江デルタ」圏内にある、子供服の一大産地で、上海からは約130キロメートル。この町に軒を連ねる小規模な縫製工場で働く若者たちに、ワン・ビンはカメラを向けた。
1967年、西安生まれで、現在はフランスを拠点とするワン・ビン。主にドキュメンタリーを制作してきたが、劇映画、インスタレーションやビデオアートもつくっている。映画作家としてのキャリアのスタートは、中国東北部の廃れゆく工業地域で撮った「鉄西区」(1999~2003年)。その後、「
鳳鳴(フォンミン)
―中国の記憶」「無言歌」「死霊魂」と、中国社会に大きな影響をもたらした反右派闘争時代をめぐる作品を手がける一方で、雲南省に住む幼い姉妹に密着した「三姉妹~雲南の子」、精神科病院に収容された人々の日常を映す「収容病棟」などを撮ってきた。
「青春」の舞台、織里に目を向けるようになったのは、撮影中に出会った何人かの若者に教えられたことがきっかけ。かねてから上海周辺を映画にしたいと考えていたのだという。 織里の特色は、個人経営の縫製工場が集積していること。人脈をつくり、工場や寮への出入り、撮影が可能になった。働き手の多くは若者。「だから、被写体も若者中心になった」とワン・ビンは明かす。「若い彼らは、自分自身やその未来に関して、未知の要素がとても多く、さまざまな憧れを抱いている。それで選んだということもあります」
映画「青春」から 生まれ育った土地を離れて働きに来た若者たちの生活環境は、基本的には「無味乾燥」。「労働の道具」とみなされ、一日の大半を「面白いものとは言えない」仕事に費やす。ただ、ワン・ビンは登場人物たちを決して、画一的な「道具」としては映さない。「その生活の細部や恋愛模様、友人とからかいあったり、けんかしたりする姿には、人間の生き生きとした活力に満ちた一面、一人一人の性質、憧れのようなものも表れている」。「青春」という映画は、そうしたものをみずみずしくとらえている。 上映時間は3時間35分。主な撮影は2014年と15年に行い、さらに19年まで断続的に続けた。映像素材は2600時間分に及ぶ。ごく初期の撮影分は、すでに「苦い銭」という作品にしている。「『苦い銭』は、まだ町にも産業にも慣れておらず、撮影の上での自由度が高くなかった時期に短期間で撮ったもの。しかも被写体の多くは比較的年齢が高く、人間が中年に近づいた時の希望のなさが映画の中心になっている。その一方で、私は『青春』の準備を進めていました」 「青春」は3部作とする構想。今回、公開されたのがその最初のパートで、「春」という副題がついている。「元々は、三つに分けるのではなく、一つの長い映画というつもりで作っていました。第1のパートを先に作り終えて公開になったので、『春』という名前をつけました。第2部は苦しみの『苦』、第3部は帰省の『帰』になります」向き合うべきは人間そのもの ワン・ビンは、ドキュメンタリーを撮る時、「映画の美学の上でも自由な作品であってほしいし、被写体の人間も自由な状態であってほしい。だから、(理性ではなく)感性をもって人間を記録したい」と思っていると語る。
ワン・ビン監督 「私自身は結構トラディショナルな人間で、映画史に残る監督の作品はたくさん見ていますし、その中には監督たちの理性的な態度もしばしば見て取れます。それらとは全く違う方法で撮るにしても、そうした先人たちが映画についてどう考えていたかを、私は考えます。映画というメディアを最初期に作り出した人々はどうだったか、リュミエール兄弟やメリエスが残した映像の断片も、よく頭に浮かびます」 フランスのジャック・ロジエ監督による、ヌーベルバーグの代表的作品「アデュー・フィリピーヌ」を見た時には、「自分のスタイル」と共通するものを感じたという。「以前はあまりロジエに注目していなかったんです。でも見てみてすごくびっくりしました。一つのロングテイクの中でどう撮っていくかということなど、こんなにも映画に対する考え方が似ているのかと」 同作にも「青春」にも、主人公たちが生きる時代や社会が背景に映っているが、「私個人としては、背景については、あまり考えないようにしていました」と明かす。「もちろん私も、産業の全体像やグローバルな貿易の構造について理解はしています」と前置きした上で、こう語る。「ただ、それよりも私が向き合わなければならないのは、撮影している人間そのものです。人間に注目していれば、背景は映画の中に入り込んでくる」
映画「青春」から 「青春」の登場人物は、いくつもの扉をあけ、廊下を行き来する。何かのメタファーかと問うと、そうしたことは意図していないという答えが返ってきた。「彼らの生活空間をはっきりと観客に見せたいという思いはありましたが、私はこの映画において抽象的な表現をできるだけ少なくしようと思っています」。そしてこう続けた。「理性が映画を制御してしまうようなことは少なくしたい、止めたいと思っています。最近の私は、感性的な角度から、単純に映画を見たいと思っているのかもしれません。人間は絶えず自らを修正していくものなので、時がたてば、ものすごく理性的な映画を撮り始めるかもしれませんが」作りたい映画を作っていく 2023年のカンヌ国際映画祭では、「青春」がコンペティション部門に選出され、もう一本の監督作「黒衣人」が特別招待作品として上映された。
「黒衣人」は映像インスタレーションとして制作された60分の作品で、主人公は、文革時代に辛酸をなめた中国人の現代音楽作曲家、ワン・シーリン(王西麟)。彼は、無人の劇場で、裸身で動き、歌い、ピアノを弾き、自らの経験を語る。撮影場所は歴史的建造物でもあるパリのブッフ・デュ・ノール劇場。撮影は名手キャロリーヌ・シャンプティエ。ワン・シーリンが手がけた圧倒的な音楽とそれに
拮抗(きっこう)
する映像、そして彼の顔や肉体が物語る過酷な歴史……。
ワン・ビン監督 「ワン・シーリンという人も北京を離れて、ドイツに生活を移した人です。まったく知らない土地に出てきたわけですから、ヨーロッパのどこで撮っても同じだろうということでパリに来てもらって、劇場の中で撮ることになりました」。もともとは純然たるドキュメンタリーを構想していたが、撮影方法や条件が変わったため、「ある種の虚構の方法を使って撮ろうと思いました」。 撮影にあたっては、ワン・シーリン自身に即興してもらった部分も多いという。「この映画で難しかったのは、彼が音楽家だということです。作品の中で音楽が絶対的に重要な位置を占めなければならない。叙述そのものの中で意味を持たなければならない。しかし一方で、これはやっぱり映画の形式で撮られる作品で、映画の美学がなければいけないとも思いました」 ワン・ビン自身の今後について尋ねた。「今のところは中国に戻る計画はありません。現在、新しいプロジェクトがいくつか進行しています。一つはアメリカ、もう一つはフランスで。それから『青春』の第2部、第3部の編集もしなくてはなりません。どの道、旅行をしている時間はないわけです」 こうも言う。「生きている中で、多くのことは理想的に運ばないものです。映画は私の仕事ですから、もちろんリラックスして楽しく撮れる時もありますが、やっぱり面倒くさいことがあったり、いろんなプレッシャーを受けたりということもあります。未知性がすごく大きい。あまりしっかりと計画を決めておくということは人生においてはやはりできない。ただ、私としては、できる限り、外の世界の干渉を受けずに自分の作りたい映画を作っていく、というふうに生きていきたいと思います」※「青春」場面写真=(C)2023 Gladys Glover – House on Fire CS Production – ARTE France Cinema – Les Films Fauves – Volya Films – WANG bing
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