京の都に春が来た 花の都に春が来た――。

芸妓2年目、求められる質…稽古に没頭しやりきった「お点前」

宮川音頭を踊る多栄之(中央奥)(4日、京都市左京区で)=河村道浩撮影宮川音頭を踊る多栄之(中央奥)(4日、京都市左京区で)=河村道浩撮影
 青と白の着物に分かれた
芸妓(げいこ)
たちが、銀の扇を翻して行き交う。京都の
花街(かがい)
・宮川町の「京おどり」が始まった1950年代から続く「宮川音頭」だ。群舞の中に、笑みをたたえて踊る
多栄之(たえの)
(26)の姿があった。

 「ええでしょ。ハイカラで、にぎやかで」。21日まで、京都芸術劇場・春秋座での公演で、約40人の芸舞妓の総踊りを三味線で支える
多栄(たえ)
(91)は誇らしげに言う。

 宮川音頭は、宝塚歌劇にも携わった上方舞・
楳茂都(うめもと)
流三世家元の楳茂都陸平が振り付けた。日本舞踊では珍しいダイナミックな振り付けが特徴で、レビューのような華やかさと親しみやすい節を兼ねた名物だ。
 京おどりの作曲を担当する長唄今藤流四世家元・今藤長十郎(76)は、人間国宝だった父親が手がけた宮川音頭について、「宮川町らしく明るく、敷居が高くない。お客さんも口ずさんでくれ、邦楽の良さが表れている」と評する。◇ 多栄之が宮川音頭を初めて見たのは、会社勤めをしていた2021年4月だった。「迫力があって、きれいやな」と胸に響いた。 コロナ禍でのリモート勤務に戸惑い、将来への迷いが生じていた中で宮川音頭で得た感動は、憧れていた花街で芸妓を志す決断に弾みをつけた。 およそ半年後の11月、ホームページで募集を知ったお茶屋兼置屋「駒屋」に住み込み、修業を始めた。 宮川音頭では冒頭、中心となる4人の芸妓が扇で顔を隠して登場し、踊る。10年ほど経験を積んだ芸妓から選抜される4人には、リズム良く小刻みに横に跳ぶなど高い技量が求められ、これを目標に稽古に励む芸妓もいる。 経験の浅い多栄之は、今は群舞の後ろや端で踊る。 「まだ必死で、最後は息が続かなくなりそうになる」と話す多栄之。見守る多栄は「ちょっと、笑顔が足らん。はよ真ん中で踊らせてもらえるように精出していかんと」と励ます。◇ 「京おどり」の舞台となる新たな歌舞練場は来年1月に京都市東山区に完成予定だが、内装など準備が間に合わず、来春の公演は休止する。再開は26年春。多栄はその時、93歳になる。 「宮川音頭」で幕が下りるまで、三味線を弾く気力、体力があるだろうか。「足も弱くなっている。周りに気を使わせるのは申し訳ない」と引き際にも思いを巡らす。(敬称略)◇
 読売オンラインでは、多栄さん、多栄之さんが出演した「宮川音頭」などの動画(
https://www.yomiuri.co.jp/stream/article/23298/
)を公開しています。
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