ウェークボードの元プロ選手で、練習中の事故で車いす生活になった
四海(しかい)吏登(りいと)
さん(18)(兵庫県姫路市)が、障害者卓球に挑んでいる。2028年ロサンゼルス・パラリンピックを目指し、今月、次世代育成選手にも選ばれた。リハビリを耐え抜き、猛練習を続けながら信じるのは「難しいだけで、不可能じゃない」という言葉だ。(坂木二郎)
「自分の上に誰かがいるのが許せない。負けず嫌いなんです」と笑う四海さん(兵庫県姫路市で)「自分の上に誰かがいるのが許せない。負けず嫌いなんです」と笑う四海さん(兵庫県姫路市で)
 四海さんは8歳の頃から米国発祥のマリンスポーツ・ウェークボードを始め、12歳の時にプロになった。世界大会で2位になるなど飛躍を期待されたが、3年前、トランポリンを使った練習中に首から落下し、
頸椎(けいつい)
を損傷した。胸から下の感覚はなく、医師から「歩くこともウェークボードも出来ない」と告げられた。

 心から大切にし、それで身を立てていくつもりだったスポーツ。それを突然取り上げられることは「歩けない」と言われるよりつらかったという。「あれだけ頑張ったのに、これで終わりなのか」と絶望し、何度も死にたいと思った。
 四海さんにとって、救いは母朋子さん(49)の
毅然(きぜん)
とした態度だった。暗くなりがちな家族の前で涙は見せず、明るく振る舞った。事故直後、ベッドから天井を見上げるだけの息子を見ながら「一番つらいのは本人。私がへこんだらダメ」と自分に言い聞かせていたという。
 22年5月、四海さんはリハビリで卓球と出合った。事故前は「おとなしい人がするスポーツ」という程度の印象しかなかったが、やってみると面白い。そして病室で見た東京パラリンピックの動画では、車いすに乗りながらラケットを自在に操る選手たちに目を奪われた。「この世界で頂点に立ちたい」と思い、その場で親友や両親に電話をして宣言した。「パラリンピックで金メダル取るわ」 退院後の23年6月、大阪市の車いす卓球チーム「Fantasista(ファンタジスタ)」に入り、同11月に東京で開かれた全日本パラ卓球選手権大会(肢体の部)で、障害が最も重い「クラス1」の男子シングルスでいきなり優勝した。 「難しいだけで、不可能じゃない」。誰が言ったのかは覚えていないが、その言葉がずっと自分を励まし続けている。週5日、大阪市港区の卓球場まで片道約2時間の道のりを両親の運転する車や電車の乗り継ぎで通い、練習に汗を流す。「やっぱり僕はスポーツ好きだなって。けがをしてもスポーツ選手でありたい」と話す。 気持ちは完全に立ち直っていない。電車に乗ると無遠慮に眺められることも多いが、競技中は周りはアスリートを見る目で見てくれる。あるのは強いか弱いかで、相手が車いすかなど気にしない。「事故に遭って良かったとは思わないけど、卓球と出合えた。50歳とか、そんな年齢まで活躍し、パラリンピックに出場していきたい」と語った。 四海さんは6月、世界大会「チェコパラオープン2024」に出場する。
 
◆障害者卓球
=日本パラリンピック委員会によると、パラリンピックでは大きく分けて車いす、立位、知的障害の3部門があり、車いすと立位は障害の種類と程度に応じてクラス分けされる。ルールは一般の競技規則に準ずるが、障害の種類などで一部が変更されている。

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