Europe Trends
2026.10.06
欧州経済
スペイン経済
スペイン、前倒しの総選挙へ
~政権交代なら住宅・移民政策を軌道修正~
田中 理
要旨
スペインのサンチェス首相は10月5日、議会を解散し、11月29日に前倒し総選挙を実施すると発表した。少数政権による議会運営は予算や住宅政策を巡って行き詰まり、カタルーニャ独立派政党との関係悪化も政権運営を難しくしていた。足元の世論調査では中道右派の国民党(PP)が第1党、右派ポピュリストのボックス(Vox)が第3党につけ、PP単独ではなくVoxの協力を前提とした政権発足の可能性が高い。政権交代となれば、住宅政策は規制・借家人保護重視から供給拡大や規制緩和へ軸足を移し、移民政策も厳格化する可能性がある。特にVoxの影響力が強まれば、人口・労働力の増加に支えられてきたスペインの成長モデルや、EU・カタルーニャとの関係にも変化が及ぶ可能性がある。
スペインのサンチェス首相は10月5日、議会を解散し、11月29日に前倒し総選挙を実施すると発表した。2027年までの議会任期を全うするとしてきた従来の方針を転換したもので、2023年の総選挙後に続いてきた少数政権による不安定な議会運営はひとまず終止符を打つことになる。今回の解散・総選挙は、少数与党による議会運営の行き詰まりに、与党関係者を巡る様々な疑惑、カタルーニャ独立派の地域政党との関係悪化、住宅危機への国民の不満などが重なり、政府が重要政策を成立させることが難しくなったことが背景にある。
2023年の総選挙後に発足したサンチェス政権は、中道左派の「社会労働党(PSOE)」と左派の「スマール(Sumar)」による連立政権だが、両党だけでは下院の過半数を確保できない。そのため、政権発足時には、「カタルーニャ共和主義左翼(ERC)」、「ともにカタルーニャのために(Junts)」、「バスク民族党(PNV)」、「バスク統一党(Bildu)」など、カタルーニャやバスクを中心とする地域政党から協力を取り付けた。なかでも、サンチェス政権の存続に重要な役割を果たしてきたのがJuntsである。2023年の政権発足時には、2017年のカタルーニャの独立運動を巡って有罪判決を受けた政治家や活動家を対象とする恩赦を条件に、サンチェス首相の続投に協力したが、連立政権には参加せず、その後も個々の法案毎に賛否を判断してきた。このため、少数の議席を持つ地域政党が政府の法案成立を左右する不安定な状況が続いてきた。
政権運営の機能不全を象徴しているのが予算だ。政府は2023年予算を最後に新たな予算を成立させることができず、過去3年は既存予算の延長を余儀なくされてきた。2026年7月には、2027年予算編成の前提となる財政安定化計画も、中道右派の「国民党(PP)」、右派ポピュリストの「ボックス(Vox)」、Juntsなどの反対で議会で否決された。閣僚経験者、党幹部、首相の家族など、与党関係者を巡る疑惑が相次いで表面化したことも、政権への風当たりを強めた。それでも、サンチェス首相は2027年までの議会任期を全うする方針を維持してきた。
こうした状況を大きく変えたのが住宅問題だ。スペインでは人口や世帯数の増加に住宅供給が追いつかず、住宅価格と家賃の上昇が大きな社会問題となっている。9月下旬にマドリードで87歳の女性が長年暮らしてきた住居から立ち退かされたことを契機に抗議活動が広がり、住宅問題が一気に政治争点として浮上した(詳細は10月1日付けレポート「スペイン高成長の裏で深まる住宅危機」を参照されたい)。政府は立ち退き停止措置の延長や賃貸市場の規制強化などを盛り込んだ緊急政令を議会に提出したが、PPやVoxなどの野党勢力に加えて、Juntsも反対に回った結果、承認されなかった。Juntsは借家人保護や賃貸規制の強化が住宅所有者を賃貸市場から退出させ、結果的に供給不足や家賃上昇を深刻化させると主張した。サンチェス首相が総選挙の前倒しを決断した背景には、こうした議会運営の行き詰まりがある。同時に、住宅危機への国民の関心が急速に高まるなか、住宅政策を選挙の中心的な争点に据えることで、劣勢の挽回を図る狙いもあるとみられる。
各種の世論調査では、PPが30%台前半の支持を集めてリードし、それを20%台後半のPSOEが追い、Voxが20%近くで三番手につけている(図)。PSOEが現政権で連立を組むSumarは5~6%前後で低迷している。前倒し総選挙の正式発表後に実施された世論調査はまだ公表されていない。このまま世論調査に近い結果となれば、PSOEがPPに政権を明け渡すことになりそうだ。だが、PPも単独で過半数を確保するのは難しく、安定政権の樹立にはVoxの協力が必要となる公算が大きい。Voxが連立政権の一員に加わるのか、それとも閣外からPP政権を支えるのかによって、政策決定への関与の度合いが変わってくる。既に複数の州政府で、PPが主導する政権にVoxが連立パートナーとして参加している。連立政権に加わる場合、PPのフェイホー党首が首相に就任し、Voxが副首相や閣僚ポストを獲得する形が考えられる。閣外協力にとどまる場合、政権発足時や重要法案の審議でPP政権を支えることになる。
PPが主導する政権が誕生した場合、PSOE政権の公的介入路線が軌道修正され、減税や規制緩和を通じた経済活性化を目指す可能性が高い。PPのフェイホー党首は、年間20万戸規模の住宅建設、土地供給の拡大、建設手続きの簡素化、住宅関連税制の軽減などを掲げている。移民政策の転換も予想される。サンチェス政権は移民の受け入れに比較的寛容で、移民による人口と労働力の増加は近年のスペインの高成長を支える重要な要因となってきた。移民規制が強まれば、住宅需要への圧力を幾分弱める可能性がある反面、労働供給の増加ペースが鈍化する。観光、建設、農業、介護など移民労働力への依存度が高い業種では人手不足や賃金上昇圧力が強まることが予想される。特にVoxは、不法移民の強制送還、移民への給付制限、長期滞在資格の厳格化など、移民政策の強化を主張している。PPとVoxが連立を組む州政府では、住宅や公共サービスでスペイン国民を優先する考えが盛り込まれた例もある。
PPが主導する政権の誕生は、カタルーニャ独立派との対話路線が転換され、独立の火種を抱えるカタルーニャ州政府との関係を再び悪化させる恐れがある。PPがかつて率いた政権では、領土的一体性や法の執行を重視し、カタルーニャの独立問題に厳しく対処した。次期政権とカタルーニャ州政府との緊張が再び高まれば、金融市場でスペインの政治リスクが意識される可能性がある。
Voxの政権参加によるEU関係の悪化を懸念する声もあるが、PP自体は長年スペインの政権を率いてきた親EUの中道右派政党で、政権交代によってスペインのEU政策が大幅に変わることは想定しにくい。ただ、Voxの政策面での影響力が増すことで、移民政策、気候変動政策、農業政策などでは、スペイン政府とEU機関との摩擦が増える可能性がある。
現時点でスペインの政治リスクをフランスと同列に扱う必要はない。スペイン経済は相対的に高い成長を維持しており、今回の解散も財政危機や景気後退を背景としたものではない。むしろ、市場にとって重要なのは、総選挙によってこれまでの議会の機能不全が解消され、安定した政権が成立するかどうかである。次期政権が安定多数を確保すれば、予算を成立させられなかった現政権に比べ、短期的には政策の予見可能性が改善する。一方で、Voxの影響力が大きくなるほど、移民政策、気候変動対策、カタルーニャ政策、EU政策での変化が大きくなる。特に移民政策の厳格化は、人口増加に支えられてきたスペインの成長モデルに中期的な変化をもたらす。


以 上
田中 理
