4 ドイツのミクロ経済指標
通商白書は、2012~2016年にかけてドイツ経済特集を組んだ。私もその作業に多少参加した。本章の多くはそこから引用している。
ドイツは日本と同様、製造業を主力産業とする「ものづくりの国」であり、人口減少・少子高齢化は日本以上に進行している。そのため国内市場の縮小は日本以上に進んでおり、それがドイツの製造業を外国に向かわせた一つの大きな背景ともいえる。1990年東西ドイツ統一により経済がガタガタの状態になり、「欧州の病人(Sick man in Europe)」とまで呼ばれ、主に、トルコ、パキスタン、レバノンなど外国から多くの移民を入れた。そしてメルケル政権の際、人道的観点から、紛争が起きていたシリアからの難民・移民を多く受け入れた。その結果、2024年時点では、総人口約8,280万人のうち約30.4%(約2,520万人)が移民の背景を持つ人々となった。すなわちドイツ国籍を取得した移民、ドイツで移民の両親から生まれた2世や3世などといった移民の背景を持つドイツ国籍保持者が14.8%、外国国籍者が14.9%を占めている。
図表1 合計特殊出生率の国際比較

出典 厚生労働省
筆者は、ドイツはこんなに多くの移民を抱えて、よく国内の秩序が維持できているなと感心した。今の日本の在留外国人比率は約3%であり、ドイツよりもはるかに少ないが、外国人政策の見直しを要求する政党が躍進するなど外国人に対する目が厳しくなっている。では、ドイツは一体どうやっているのだろう、というのもドイツ現地調査の大きな関心の一つであった。
ドイツに何度か出張した感想は、確かにレジ打ち、タクシー運転手、ホテルのベッドメイキングは外国人だが、とても3割もいるとは思えなかった。そこで私は何人かのドイツ人に聞いてみた。彼らが言うには、
ドイツ人の目に見えないバックヤードで働いている
ドイツ人の目に触れる生活圏内にはほとんど出てくることはない
移民はドイツで働く前にドイツ語の研修を受ける。ドイツ語が話せないと雇ってもらえないし、場合によっては殴られるので、彼らは一生懸命ドイツ語を学ぶ
というものだった。確かに、表通りを歩いていると移民を見ることはない。彼らは、ドイツ人の目に触れないところで、ドイツの文化慣習を尊重しながら、ひっそりと生きているのだということが分かった。
日本と比較すると、日本では、銀座を堂々と移民が歩いている。だから日本では在留外国人が3%であっても移民反対の声が出てくるのだろうと思った。
メルケル首相がシリア人難民を大量に受け入れたとき、私はドイツにいた。それまでドイツは移民難民をゆっくりと受け入れてきたので、彼らはドイツ人に受け入れられ、ドイツ社会に適応する術を学びながら、ドイツで暮らし始めた。だが、シリア難民をあまりに短期間に大量に受け入れたため、彼らはドイツ人に受け入れられドイツ社会に適応する術を学ばずに集団で行動をした。
私は当時、信じられない光景をいくつか見た。それまで移民難民がドイツ社会からの反発を恐れて絶対にしなかったことだ。
ミュンヘンのブランドショップが立ち並ぶマクシミリアン通りをシリア人の集団が歩いていたのだ。しかも彼らは、ブランド店に入り、レストランに入って食事をしていた。
ICEの一等車に乗っていたとき、一等車の通路で母親が座り込み、赤ん坊に乳をあげていた。
私は、これらの光景を見て、唖然(あぜん)とした。これは大変な事になると直感した。精神力および身体力ともに強力で、強い経済力とゲルマン民族の美しさにプライドを持っているドイツ人のことだ、どんな反発が生まれるか分からない。もしかしてユダヤ人虐殺の再来になるかもしれない、と怖くなった。ドイツ人と話していると、強力な経済力を作り出すドイツの人間、社会、歴史、文化全てに高いプライドを持っていると感じる。それをシリア人が汚すのは耐えられないだろうと思った。
やがて、ドレスデンで反移民団体ペギーダが結成され、反移民のデモ行進が始まった。やがて反移民運動がドイツ全土に拡大し、日本で極右政党と呼ばれる政党が生まれ、選挙のたびに躍進し、今や第二政党にまで拡大した。私がドイツ現地調査をしていた頃にはまだ存在すらしなかった政党だ。
私は、ネオナチと呼ばれる若者の極端な極右団体から暴力を受けていないだけ、ドイツ人は戦争中のユダヤ人のことを覚えていて、まだまだマイルドな行動に自ら抑制しているのだろうと感じている。
だがこのような反移民運動を拡大させたのは、移民難民の自らの行動自体であると私は考える。自業自得である。今、日本でも言われているが、移民難民が外国で生活するのであれば、その国のルールを守り、その国の文化を尊重しなければならない。その枠から外れたとたん、過去に歴史を持つドイツ人でさえも、ここまで強く反発するのだということがよく分かった。
ドイツは、1990年に東西ドイツ統一が行われ、西ドイツに比べて生産性が約1/3の東ドイツの約2000万人を抱え込んだ。また東西マルクを等価交換した。その結果、景気が大きく落ち込み、「欧州の病人(Sick man of Europe)」と呼ばれた。だが十数年後には、ユーロ圏で最強の経済力、「欧州経済のエンジン」「独り勝ちのドイツ」と呼ばれるまでに経済再生に成功した。これは、製造業、特に中小企業の輸出振興に取り組み、輸出がけん引することで経済成長を成し遂げた。これは、「ドイツの奇跡」と呼ばれている。
図表2 欧州主要国の実質GDPの推移

出典)ニッセイ基礎研究所
図表3 ドイツの需要項目別のGDP

出典)ニッセイ基礎研究所
欧州主要国の失業率の推移(図表4)、欧州主要国の若年層および全体の失業率(図表5)を示す。ドイツの失業率は欧州の中でとても低く、しかも若者の失業率が極端に低い。若者が職がなくて街中でブラブラしている社会は荒(すさ)んでいる。かつて英国において若者の職がなくて大勢の若者が町を放浪している姿が見られたが、「英国病」と呼ばれた荒んだ社会であった。そうした事例と比較すると、ドイツのように若者に職があり、街中でブラブラしている光景を見ない社会は幸せである。
図表4 欧州主要国の失業率の推移

出典)ニッセイ基礎研究所
図表5 欧州主要国の若年層および全体の失業率

出典)通商白書2013
強いドイツ経済を支えているのは製造業の輸出であるが、モノの輸出入の貿易総額は米国、中国に次いで世界第3位であり、貿易大国と呼ばれている。米中のように広大な土地を持つわけでもなく、多くの人口を抱えるわけでもなく、日本の「2/3サイズの国」と呼ばれる小さな国が、世界第3位の貿易大国なのだから、ドイツ国民の努力を素直に称賛せざるを得ない。かつて日本は、原材料を輸入し、それを加工して輸出することで外貨を稼ぐ「加工貿易」の国、「貿易大国」と言われたことがあるが、今、日本をそのように呼ぶ人はいない。
ドイツからの輸出品目は、ドイツが強い国際競争力を有する工業製品であり、輸出先は、ドイツ貿易投資年報 (ジェトロ)によれば、2024年のドイツの主要国・地域別輸出(FOB)(単位:100万ユーロ、%)は、
となっている。このうち、BRICS (ブリックス、 Brazil, Russia, India, China, South Africa)向けは急速に増加している。ドイツ人は遠くBRICSまで出かけていって販路開拓をしたのである。まるでかつて遠くアジアまで出かけて行って植民地を作っていた姿に重なって見える。
(図表6)は、全輸出額に占める中小企業の割合を示したものであり、ドイツは約19%と大きな比率を占めている。一方、日本は2.8%と極単に低く、ほぼ国内だけで閉じた市場であることが分かる。
ドイツからの輸出は、自動車1/3、中小企業2割、その他機械設備という構成になっており、中小企業が「独り勝ちのドイツ」を支えていることがよく分かる。ドイツからの輸出のうち、製造業以外、例えば農産物などは1割にも満たない。これを見ても製造業の輸出がドイツ経済を支えていることが分かる。
図表6 主要各国の輸出および対外投資における中小企業の割合

出典)通商白書2012
図表7 ドイツの輸出入の対GDP比の推移

出典)ニッセイ基礎研究所
図表8 主要国におけるGDP当たりの輸出額

出典)通商白書2013
(図表7)および(図表8)は、ドイツの輸出入の対GDP比の推移および主要国におけるGDP当たりの輸出額を示したものである。ドイツは他の先進国と比較して、GDP当たりの輸出額がかなり大きいことが分かる。すなわち、ドイツの強い経済を実現していているのは、製造業の輸出である。
(次稿に続く)