曽祖母の戦争体験つづり「当たり前の日常」へ感謝  「平和の詩」 に亀谷さんの作品  沖縄慰霊の日に朗読【全文掲載】

追悼式冊子の表紙に掲載される真鍋朱里さんの作品「繋ぐ平和」(県平和祈念資料館提供)

 23日の沖縄全戦没者追悼式で朗読される「平和の詩」に、沖縄県豊見城市立豊崎中学校2年の亀谷琉奈(るな)さん(14)の作品「生きたいと願った証」が選ばれた。曽祖母が体験した石垣島での戦争体験をつづり、命をつないでくれたことに思いをはせる内容。「これまで当たり前だった日常に対し、ありがたみをかみしめる唯一無二の表現」と評価された。

 県平和祈念資料館(大城友恵館長)が4日に発表した。

 追悼冊子の表紙には県立具志川高校2年の真鍋朱里さんの「繋ぐ平和」が選ばれた。冊子には県立那覇国際高校3年の東恩納沙奈さんの作文「声なき声」も掲載される。

 第36回児童・生徒の平和メッセージ展の告知ポスター・チラシには、石垣市立明石小学校2年の樋口こなぎさんの「『平和の花束』をどうぞ」が選ばれた。

 今回、図画、作文、詩の3部門で合計75校1627点の応募があった。最優秀賞、優秀賞、優良賞は23日から同資料館を皮切りに県内5会場を巡る巡回展で展示される。

 

亀谷さんの「平和の詩」全文は以下の通り。

「生きたいと願った証」

(豊見城市立豊崎中学校2年 亀谷琉奈)

あの日の沖縄には
青い海も
優しい風もなかった
空は黒く
地面は揺れ
人々の叫び声が絶えなかった
爆撃の音が
心まで壊していく

まだ若かった曾祖母は
小さな体で必死に走った
血だらけの道を
倒れた人たちの横を
もう動かない人を見ながら
涙を流す暇もなく
ただ生きるために
そして
愛する夫の命を案じながら
「お願い 生きていて」
その想いだけを胸に
足がもつれても
呼吸が苦しくても
転びそうになっても
前へ前へと走った
しかし
その願いは
もう二度と届かなかった

その時のことを話す曾祖母の声は
今でもとても優しい
でも 私は知っている
その優しい声の奥に
今も消えない悲しみがあることを
細い足
しわしわの手
小さな背中
長い年月を生きてきたその姿を見るたび
私は戦争の重さを感じる
そして
曾祖母の右足には
今も傷が残っている
それは
戦時中 自分で引っ掻いた傷
灰色の空の下
爆撃の音が鳴り響く
恐怖と不安でいっぱいになり
右手に握った石で
自分の右足を何度も何度も引っ掻く
気づけば手も足も血だらけだった

私が真実を知った時
胸が締めつけられた
どれほど怖かっただろう
どれほど苦しかっただろう
生きたい
死にたくない
その想いだけで
曾祖母は必死に生き延びた

戦争は人を傷つける
体だけじゃない
心まで壊してしまう
家族と笑う時間
友達と過ごす日々
「また明日ね」と言える幸せ
そんな当たり前を
全て奪ってしまう
でもそれは
当たり前なんかじゃない
血と涙の中を生き抜いた人たちが
命を繋いでくれたから
今の私たちがいる
もし曾祖母が
あの日 走っていなかったら
もし
あの日 命を落としていたら
私はここにいなかった

曾祖母の右足の傷は
ただの傷じゃない
「生きたい」と強く願った証
「戦争は二度としてはいけない」
という叫び
私はその想いを
これから先も伝えていく
もう誰にも
血だらけの道を
走ってほしくないから
もう誰にも
愛する人の命が奪われることに
怯えてほしくないから
もう二度と
沖縄の空を戦争で
染めてはいけないから

平和は当たり前じゃない
たくさんの人の涙と苦しみと
「生きたい」という願いの上にある
だから私は忘れない
沖縄戦で苦しんだ人たちを
愛する人を守ろうとした想いを
泣きながら生き抜いた人たちを
そして
曾祖母の右足の傷を
「生きたい」と願った証の傷を
平和な未来へと繋いでいくために

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