田中 道昭

日本工業大学大学院技術経営研究科教授、戦略コンサルタント

生成AI分野で、日本は米中の技術に大きく後れをとっている。このまま日本のものづくりは衰退してしまうのか。日本工業大学大学院技術経営研究科の田中道昭教授は「生成AIで米中に完敗した日本だが、フィジカルAIでは逆転できる。日本の製造業が何十年もかけて築いてきた、世界にない“最強の強み”があるからだ」という――。(第1回/全5回)


ロボットアーム

写真=iStock.com/SweetBunFactory

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今こそAIが「隣に来た」意味を問う

2026年は、のちに「フィジカルAI元年」として記憶されるに違いない。


フィジカルAIとは、「物理的な」「現実の」を意味する“フィジカル”と“AI”を組み合わせた言葉であり、「工場や倉庫、オフィスや家庭などにおいて現実の世界に関わる人工知能」のことである。そのために、周囲の状況を捉えるセンサーと、それをもとに判断するAI(人工知能)、そして、駆動装置を通じて現実と関わる仕組み(身体)を持つ。


この言葉が一気に注目を集めたのは、2026年1月に開かれたCES(米国ラスベガスで毎年開催される世界最大級のテクノロジー系展示会)においてであった。その会場で、エヌビディア(NVIDIA、米国に本社を置くGPU設計の世界最大手企業)のジェンスン・フアンCEOが口にした言葉がある。


“The ChatGPT moment for physical AI is here”――フィジカルAIにおける“ChatGPTモーメント”は、すでに始まっている。


この一文は、キャッチコピーではない。時代認識の宣言であり、警告でもある。「ChatGPTモーメント」とは、文章が書けるAIが登場したことを意味したのではなかった。人工知能が社会の表舞台に出てきて、人間の仕事や判断のすぐ隣に並び始めたこと――その“距離の変化”こそが本質だった。


そして今、同じことが、もう一段深いレイヤー(階層)で起きている。これまでAIが主に扱ってきたのは、画面の中の世界だった。文字、画像、音声、データ。それらはすべて、いったんデジタルに切り取られた情報であり、現実世界そのものではない。


100兆円規模の投資で生まれた「3つの代償」

一方、私たちが生きている世界はどうか。そこには、重さがあり、摩擦があり、時間があり、取り返しのつかない結果がある。判断を誤れば、事故が起き、物が壊れ、人が傷つく。生成AIは、まだそこに踏み出していない。


ここで日本人読者が考えるべき問いがある。生成AIで米中に完敗した日本は、フィジカルAIでも同じ轍を踏むのか――。


田中道昭『フィジカルAIの衝撃』(朝日新聞出版)

田中道昭『フィジカルAIの衝撃』(朝日新聞出版)



結論から言えば、本稿の答えは「ノー」である。むしろ、生成AIで日本が遅れたことは、フィジカルAI時代において皮肉にも“準備期間”になっていた可能性すらある。なぜそう言えるのか。詳細は20日に上梓した『フィジカルAIの衝撃 「身体をもった人工知能」は2030年の世界をどう変えるか』(朝日新聞出版)を読んでいただきたい。本稿ではまず、生成AIに巨額を投じた米国が、2026年現在直面している現実を直視する必要がある。


2026年の米国大手テック企業によるAIインフラ投資は、信じがたい規模に膨らんでいる。アマゾン約2000億ドル、グーグル(アルファベット)1750〜1850億ドル、メタ1250〜1450億ドル、マイクロソフト1900億ドル、オラクル500億ドル。これら5社の合計だけで、年間7000億ドル(100兆円)前後に達する。ウォール街のアナリストたちは、2027年にはこの数字が1兆ドルを突破すると見ている。


歴史上、これほど短期間に、これほど一つの技術領域に資本が集中した例は存在しない。しかし、その巨額投資の裏で、3つの構造的な代償が静かに露呈し始めている。


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