東大カルペ・ディエム

パレスチナ紛争の元凶となったイギリスの「三枚舌外交」は、自国の学校ではどう教えられているのか。東大生集団「東大カルペ・ディエム」の著書『世界の歴史教科書を読み比べてみた』(星海社)より、紹介する――。

風に揺れるイギリスの国旗とパレスチナの国旗

写真=iStock.com/arrarorro

※写真はイメージです



「三枚舌外交」の深刻さが薄まっている

イギリスの歴史の教科書は、紙面の都合や中学生向けという対象年齢を考慮しても、記述によってはものごとの深刻さがやや矮小化されているきらいがあります。その最たる例が、現代のパレスチナ問題にまで続く「三枚舌外交」についての説明です。


三枚舌外交とは、第一次世界大戦中にイギリスが行った、互いに矛盾する三つの約束のことです。


1 フサイン=マクマホン協定(1915年):アラブ人に対し、パレスチナを含むアラブ国家の独立を約束

2 バルフォア宣言(1917年):ユダヤ人に対し、パレスチナでの「民族的郷土」すなわちユダヤ人国家の建設を支援すると約束

3 サイクス=ピコ協定(1916年):フランスと密約を結び、戦後パレスチナ地域を英仏両国で分割することを決定


これが、現在のパレスチナ問題まで続く紛争の火種となった、極めて重大な外交上の背信行為です。同じ土地の権利を三つの異なる勢力に約束したこの行為は、その後100年以上にわたって中東を苦しめる紛争の根源となりました。


政府の失策は「感傷的な物語」に

しかし、この教科書はこの重大な問題を、イラク建国の母とも呼ばれるガートルード・ベルという一人の女性を中心とした物語的な形に編成しています。


もちろん、どんな集団とどのような約束を取り付けたかについては、ある程度丁寧に紹介されています。しかし、この章のタイトルは「ガートルードがアラブ人に抱いた夢を助け、そして妨げたのは何だったのか?」なのです。


イラク建国の母ガートルード・ベル
イラク建国の母ガートルード・ベル(1868年〜1926年)(画像=Gertrude Bell Archive/PD-Art (PD-anon-expired)/Wikimedia Commons)


つまり、この問題は国家的な背信行為という文脈から切り離され、彼女個人の「夢」の実現いかんという話に落とし込まれています。章の終わりも、彼女が睡眠薬を大量に飲んで自殺したことを紹介して、こう締めくくられています。


「ガートルードは、中東のアラブ諸国が安定した平和になることをいつも夢見ていました。残念ながら、彼女の死後、これは決して実現されそうにないと思われます」


この結末は、どこか人ごとのような印象を与えます。三枚舌外交という国家的政策の帰結が、一個人の「叶わなかった夢」という感傷的な物語に置き換えられてしまっているのです。


現在もなお続くパレスチナ紛争、イスラエルとアラブ諸国の対立、そして数えきれない犠牲者――これらの深刻さが、この物語的な構成によって相対的に薄められてしまっている感は否めません。


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