朝ドラ『ばけばけ』ゆかりの人々

朝ドラ『風、薫る』ゆかりの人々(1)

鷹橋 忍

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2026.4.27(月)



NHK連続テレビ小説『風、薫る』は、実在したトレインドナース(正規に訓練された看護師)である大関和(おおぜきちか)と鈴木雅(すずきまさ)という二人の女性をモチーフとしている。二人は、近代日本における看護婦という職業の礎を築いた。二人のヒロインのうち、今回は見上愛が演じる一ノ瀬りんのモチーフである、大関和の前半生を取り上げたい。

家老の娘として

大関和 『実地看護法』著者像より 出典/国立国会図書館デジタルコレクション

 大関和は、安政5年(1858)4月11日に、下野国黒羽(現在の栃木県大田原市黒羽田町)で生まれた。

 この年の6月には日米修好通商条約が調印され、9月には「安政の大獄」がはじまっている。明治に改元されるのは、10年後のことである。

 まさに激動の幕末に、和は生を受けたのだ。

 和の父は下野国黒羽藩の国家老(大小名の領国で勤務する家老)の大関弾右衛門、母は哲(てつ)という。

 二人の間には二男三女が誕生しており、和は次女である。

 弾右衛門の家は代々にわたり、二百石の知行を与えられてきた。

 弾右衛門は十五代黒羽藩主・大関増裕(ますひろ)からの信任も厚く、37歳の時に藩政のトップである家老に抜擢され、片腕として活躍している。

 和は家老の娘として、何一つ不自由なく育った。

 しかし、そんな日々に終止符が打たれることになる。

 慶応3年(1867)12月9日、大関増裕が猟銃の暴発により急死すると、翌慶応4年(1868)8月、弾右衛門は家老の座を辞したのだ。

 弾右衛門は妻子を集めて、「今日より家禄(二百石)は云うに及ばず、家も屋敷も返上し、明日からは乞食するかもしれぬが、大関弾右衛門の娘と生れし不幸と思いあきらめよ」と告げたという(警醒社編『基督者列伝 信仰三十年』)。 

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