LIFULL FaMはこれまで、東京の自由が丘オフィスを皮切りに、福井に鯖江オフィス、島根に雲南オフィス、岩手に釜石オフィスを設けてきた。それらのオフィスをハブとして地元の子育て世代の女性たちを組織し、彼女らに企業の業務の一部を委託することで、そのキャリア形成を支援する事業を展開してきたが、活動に絶対に欠かせないのが自治体の協力だ。子育て女性のキャリア支援を目指すLIFULL FaMの思いと、女性に仕事を提供することで地元への定住・移住の促進を目指す自治体の願いが重なってはじめて、このような事業は動き出し、加速していくからだ。

今回秋庭は、そんな思いと願いが見事に重なったことで成果を上げている島根県雲南市のLIFULL FaM雲南オフィスを訪ね、ともに汗を流してきた雲南市政策企画部「うんなん暮らし推進課」の佐藤尚子課長、LIFULL FaM雲南オフィスの拠点長を務める古谷日菜子さんと、事業のこれまでとこれからについて語り合った。

地元で子育てしながらでも働きたい。キャリアも作りたい。リモートワークで。そんな夢がLIFULL FaMで実現した
市民と自治体が一体となって動く雲南市に魅せられて

今や日本中の自治体が、若い世代の、とりわけ女性たちの都市部への流出に悩まされている。その主な原因は「地元に仕事がない」ことだとされるが、LIFULL FaMは、地域の子育て世代の母親に仕事を提供してキャリアの継続・形成を支援するために、島根県の雲南市と手を結んだ。それにしても、全国にあまたある自治体の中から雲南市とつながり、事業をスタートさせることになったのは、なぜなのだろう。

秋庭麻衣(以下、秋庭)「最初のきっかけは、元LIFULLの社員が、ここ雲南市で活動していたからなんです。その人から『すごくいろんなことに積極的な市だから、一度来てみては?』という話をもらって。実際訪ねてみたら、自治体と市民の方々が一緒になって、実にさまざまなことにチャレンジされているのを目の当たりにしました。1つの小さいことをやるのではなくて、かなり多岐に渡って活動されていることに驚いたのを覚えています」

地方で働く女性のキャリアは出産で中断する、なんてない。|LIFULL STORIESLIFULL執行役員、HRソリューション事業部長 兼 株式会社LIFULL FaM Partners 代表取締役 秋庭麻衣さん

雲南市うんなん暮らし推進課では、人口減少に歯止めをかけるための“移住・定住”の促進と、“空き家バンク”の運営、そして少子化を食い止めるための“結婚対策”を主要な業務としている。とはいえ日本中の自治体はどこも同様の問題を抱え、対策を講じているはずだ。LIFULL FaMを惹きつけた雲南市の「自治体と市民が一緒になってさまざまなことにチャレンジしている」という状況はいかにして生まれたのか、佐藤課長に尋ねた。

佐藤尚子(以下、佐藤)「雲南市は、2004年に6町村の対等合併で生まれた比較的新しい市なのですが、その後2008年に、市民主体の町づくりを推進する条例「雲南市まちづくり基本条例」を制定しているんですね。これは、地域課題を解決しようとしても、ただ行政が動くだけではどうしても限界がある。だから市民の皆さんと一緒に、地域課題に取り組んでいこうという考えから生まれたものです。この条例制定が、市民と行政が一体となって活動することや、縦割り行政の排除を後押ししてくれていると思います。また、LIFULL FaMさんと最初につながってこの活動をスタートさせ、密接な関係を構築してきたのは、うんなん暮らし推進課の私の前任者の桑原なのですが、この条例があることで、行政の担当者が変わっても継続的な取り組みができる体制が構築されている。この点も大きいかもしれませんね」

お金の問題も人の問題も、力を合わせて解決してきた

さてLIFULL FaMと雲南市は、出合ってからまず何を考え、どのように動いたのだろう。

秋庭「まず頭に浮かんだのは、オフィスを構えたとしても、実際に人が集まるのか? という問題ですよね。それと、オフィスを整備するのにかかるお金の問題。まずお金のことで言うと、補助金を獲得するために、雲南市とLIFULL FaMが共同で、移住定住機構さんにプレゼンテーションをしました。そして補助金をいただくことができた。次に人に関してですが、これは雲南市の動きにとても感謝しているんですけど、セミナーを2回開催していただいた。そこには30名以上の子育て中のお母さま方が集まってくださいました。LIFULL FaMの働き方は、業務委託であることとテレワークであることが特徴ですが、それが初めての方も多くいらっしゃいます。セミナーでは、場所と時間が自由になるというメリットと共にデメリットもお伝えした上で参加者を募りました。そうしたら複数の方が応募してくださって、最初は4人のスタッフでスタートしました」

佐藤「人が集まるのか? という点に関しては、実はなんとなく勝算がありました。というのも、雲南市では20代30代の子育て世帯が市外に出て行ってしまう傾向があることは把握していましたし、市の子育て支援センターや乳児健診の際に調査を行なっていて、そこで『時間とチャンスがあればぜひ働きたい!』という声は多く上がっていた。ですから『人は集まるんじゃないか?』という目算は立っていたのです」

地方で働く女性のキャリアは出産で中断する、なんてない。|LIFULL STORIES島根県雲南市うんなん暮らし推進課 佐藤尚子さん

お金と人の問題解決に取り組んでいたその頃、オフィス探しもまた同時進行していた。

秋庭「LIFULL FaM は、“空き家を活用したキッズスペース付きオフィス”を謳っていますが、雲南市はこれにも実に協力的で、『ここはどうでしょう?』『こちらは?』と次々に物件を提案してくれました。最初は以前旅館だった大きな建物が候補に上がったのですが、そこはちょっと大きすぎて。それで、これまでも町の人たちに使われてきている、ここ“世代間交流施設ほほえみ”の一角を使わせていただき、子供を連れて来て働くことのできる“子連れオフィス”を作ることに決めたんです」

佐藤「私は、初めて“子連れオフィス”という言葉を聞いた時に、え、何だろう? って思ったんですけど、来てみたらとてもアットホームな感じで皆さん仕事をされていた。障子の上部は素通しになっていて、そこから隣の部屋で遊ぶお子さんの様子を見ることができたり、床には地元の木材が敷かれていて、汚れたり壊れたりしたらそこだけ入れ替えることができたり。あちこちに細やかな気配りがあって、子連れで働きやすい配慮が施されているな、と感心しました」

子育てしながら働くために、キャリアを作るために移住を決意

ここからは、実際にこのオフィスで働いている古谷日菜子さんに加わっていただこう。古谷さんは、ここ雲南市の出身ではなく、同じ島根県でも松江市で生まれ育った方だ。松江の高校から広島の大学に進学し、そこで出会った人と学生結婚して、4年生の時に双子のお子さんを出産された。その後どんな経緯で雲南市に住むことになったのか尋ねた。

古谷日菜子(以後、古谷)「なにしろ広島での双子の子育てがけっこう大変で、だけど母親は地元の松江にいるから頼れない。だから何とか住み慣れた地元で子育てしたいなという思いはずっとありました。いつかは移住をとタイミングを見計らっている中で、松江の近くの雲南市のことが目についたのです。子育て支援がすごく充実していて、保育園の待機児童もゼロ。うちは双子だから2枠空いてなきゃいけないので、これは大きかった。松江市も当然候補の1つでしたが、子育てという観点からは雲南市がずば抜けていました。そして第3子を妊娠した時に雲南市への移住を決意して、臨月で子ども2人を連れて引っ越した。母もこちらに引っ越して来てくれました」

学生結婚して在学中に子どもを産んだ古谷さんは、なんとか大学を卒業した後、契約社員としてコールセンターで働いたり、パートやアルバイトで飲食店に勤めたりしたが、正社員として会社勤めをした経験はない。彼女の言葉を借りれば「全くキャリアがない」状態だった。周りの友達が就職活動を経て一般企業へと就職していく中で、実は密かに将来への不安と不満を抱えていたという。「子育てしながらでも働きたい。キャリアを作りたい」と願い、子育て支援の充実した雲南市へと移住した彼女は、その地で開催されたワークショップに参加して、「子育てと仕事をHappyに!」を掲げるLIFULL FaMと出合うことになる。

地方で働く女性のキャリアは出産で中断する、なんてない。|LIFULL STORIESLIFULL FaM雲南オフィス 古谷日菜子さん

人の何倍も仕事に時間がかかっていた私が、今では人にディレクションをする立場に

古谷「市のワークショップに参加して、そこでLIFULL FaMの秋庭さんのお話を聞いて、もうホントに『これだ!』って思ったんです。『何から何まで私に合ってる。これしかない!』って。だって私、満員電車は苦手だし、保育園への送り迎えの時間を考えると入れる企業なんてなかなかない。だから家で働けるリモートワークがあればいいな、なんてぼんやり考えてはいたんです。そうしたらピッタリの話が舞い込んできて、『これはツイてるぞ!』って思いましたね」

やがてLIFULL FaMで働き始めた古谷さんだったが、本格的にパソコンを扱うのも書類を作成するのも初めての経験だったという。

古谷「ワードもエクセルも、触ったことはあるという程度。スプレッドシートとかには触れたこともなかったですし、実務で書類を作成したこともなかった。でもしっかり研修期間がありましたので、そこでなんとか覚えながら、という感じでした。お仕事を始めてからは、リモートですべてを教わっていって、実際に書類を作成する時にはGoogleで調べたり、過去のデータフォルダーを探し出して参考にしたりと、ホントに手探り状態でした。だから書類を作るのには、普通の人の2倍も3倍も時間がかかっていたと思います。

それから私は、最初の頃にまず『月収○万円!』みたいな目標を立てました。もちろんその足元にも及ばないような収入からスタートしたんですけどね。でもだんだんとそれが達成できるようになってきて、それを自分のモチベーションにしながらやってきた感じですね」

そこから5年の歳月が流れ、働きながら育てた3人のお子さんは12歳と6歳になった。古谷さんは今では、雲南オフィスばかりか、オンラインでつながる全国の働くお母さんたちに仕事のディレクションを与える立場になって大活躍している。

地方で働く女性のキャリアは出産で中断する、なんてない。|LIFULL STORIES普段は在宅ワーク中心だが、コミュニケーションデーにはオフィスに集まって顔を合わせる。すぐそばで子どもは本を読んだり、動画を見たり、おやつを食べたりして過ごしている。

地方で働く女性のキャリアは出産で中断する、なんてない。|LIFULL STORIES

秋庭「私はうちのメンバーに、『日本全国に、第2第3の古谷日菜子を!』と言っていて、みんなも『この仕事はぜひ古谷さんにお願いしたい!』って言って来るくらい、社内ではもう有名人です。もしも、雲南市とLIFULL FaMが出合ってあのセミナーを開催していなかったら、こんな有能な人が埋もれたままだったかもしれない、と思うと怖いくらいですね」

佐藤「家にいて、働く先を検索しているお母さんはたくさんいらっしゃるでしょうけれど、これだけ前向きで、すぐに行動に移されて、そして今この町でこうして働いていらっしゃる。ホントにすごいと思いますし、何より私たちとしては、とてもありがたいことです」

これからも「子育てと仕事をHappyに!」そして地域もHappyに

さて、秋庭さんのLIFULL FaMと、佐藤さんのうんなん暮らし推進課、そして古谷さんのLIFULL FaM雲南オフィスは、これからどんな未来を見据えて活動していくのだろう?そのビジョンを語っていただいた。

地方で働く女性のキャリアは出産で中断する、なんてない。|LIFULL STORIES

古谷「私、本当にLIFULL FaMに出合ってハッピーになった1人なので、今は『自分と関わるママさんを、全員ハッピーにするぞ!』という気持ちでやっています。1つのお仕事をいただくと、全国のパートナーさん4、5人とつながるんですけど、その中で自分は、信頼され選ばれる存在でありたい。『古谷さんがデレクションするお仕事なら是非やりたい』と思ってもらえるように頑張りたいです。それと、キャリアアップももちろんしたい。個人事業主として業務委託でお仕事をいただいている身ですが、夢は大きく、独立して法人化して、地域にもっともっと貢献する、なんてことも視野に入れながら頑張っていきたいですね」

佐藤「古谷さんのお話を聞いて本当に感動しているんですけれども、雲南の、特に若い方々にはぜひ、都会に出ていく前に雲南の良さを知っていただければと思いますね。この町にも、古谷さんも含めて、実はいろんな素敵な仕事や働き方があって、働いている方がいらっしゃる。そんな方々の働く姿を一度見てから、進学したり就職したりしてほしいなって。そして都会で働きながら、何かのきっかけで『地元で仕事を探してみようかな』と思われた時には、いつでも相談に来てほしいです。私たちは、それをしっかり受け止められる体制を整えて待っていますから」

ここまでお二人と共に、雲南でのさまざまな活動を振り返ってきた秋庭さんは最後に、事業のこれからにかける思いを語ってくれた。

 

LIFULL FaM雲南オフィスでも、東京の企業さんの仕事だけでなく、地元の企業さんの仕事を少しずつ受託させていただいていますが、やはりまだまだ、東京で獲得した仕事をこちらの皆さんにお願いするという流れがメインです。今後は、地域の企業さんのお仕事を少しずつ増やし、その地域の方々にやっていただくことで、地域にその価値を還元していければと思っています。やはりFaMのメンバーが『自分たちの力を、地域に還元できている』と思えるのってすごく嬉しいことですし、とても意義のあることだと思いますので(秋庭)

取材・執筆:宮川貫治

撮影:石原佑美

地方で働く女性のキャリアは出産で中断する、なんてない。|LIFULL STORIES

Profile
秋庭 麻衣(写真左)・佐藤 尚子(写真中央)・古谷 日菜子(写真右)

秋庭 麻衣(写真左)

株式会社LIFULL執行役員。新卒入社後、社内第1号の産休・育休を経て復職。仕事と育児の両立で直面する壁を打破すべく、2014年に「LIFULL FaM」を設立。ママが子連れで働きスキルアップできる仕組みを展開。現在は自治体連携を含め子連れオフィスを全国9拠点へ拡大。自らの経験から生まれた「誰もが自分らしく働ける社会をつくる」という信念を軸に、現在はHRソリューション事業の責任者として事業を牽引している。

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佐藤 尚子(写真中央)

雲南市役所政策企画部うんなん暮らし推進課課長。令和4年からうんなん暮らし推進課に配属。LIFULL FaM雲南と連携で「あそび場マップ」「子育て支援制度情報」を発信。現在は移住定住対策として、次世代を担う若者に対し、市内で活躍するロールモデルの情報発信やキャリア支援を展開。地域での多様な働き方や生き方を提示することで、地元への愛着と将来的な定住意欲の向上につなげる仕組みづくりを推進中。

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古谷 日菜子(写真右)

株式会社LIFULL HRソリューション事業部LIFULL FaMユニットオペレーション推進グループ LIFULL FaM雲南 管理者。

島根県松江市出身。高校卒業後、進学で広島県へ。大学在学中に結婚と出産を経験し卒業。子育てしながらフルタイムで働き、子どもの小学校入学を前に島根県雲南市に移住。2021年に開設した雲南市の子連れオフィスの管理者として、地域で子育てしながら働くママたちをサポートしている。