2026年2月15日15時22分







会場にはいつの間にか万雷の手拍子が鳴り響いていた。ミラノ・コルティナ五輪(オリンピック)フィギュアスケート男子フリー。ロシアから個人資格で出場したピョートル・グメニク(23=AIN)の演技が中盤を迎えたときだった。4種類の4回転ジャンプを完璧に成功させた直後、優雅なステップにつられて、大観衆が手を打ち鳴らし始めたのだ。予想外の光景に意表を突かれた。

男子SPで演技するピョートル・グメニク(撮影・前田充)男子SPで演技するピョートル・グメニク(撮影・前田充)

6日の開会式ではパレスチナ自治区ガザへの爆撃を続けるイスラエルの選手団に抗議のブーイングが起きた。だからロシア選手へも厳しい反応を予想していた。ところがグメニクに向けられたのは大歓声と拍手だった。演技後は多数の花束がリンクに投げ入れられた。観客が見つめていたのは、国籍も政治も関係ない、心に響くアスリートの演技だった。

ウクライナへの軍事侵攻に伴う制裁で、ロシアと同盟国ベラルーシは今大会も国家としての参加を禁じられている。侵攻を支持していないなどの厳しい審査を通過した「個人の中立選手(AIN)」のみ出場を許されているが、開会式への参加や国旗・国歌の使用は認められていない。フィギュアスケート男子シングルに出場したロシア人はグメニク1人だけだった。

それでも採点を待つ間、彼は幸せそうな笑顔でコーチと抱き合っていた。その姿に2年前のパリ五輪トランポリン女子で銀メダルを手にしたベラルーシのバルジロウスカヤが重なった。国旗の掲揚されない表彰式で、彼女もまたメダルを口でかんで19歳(当時)の無邪気な笑顔を見せた。

男子フリーの演技を終え、コーチと体を寄せるドメニク(ロイター)男子フリーの演技を終え、コーチと体を寄せるドメニク(ロイター)

きっと2人とも他国のライバルと同じように、幼い頃からいろんなことを犠牲にして、五輪に出場する夢だけを追いかけてきたに違いない。ロシアというだけで私たちはつい色眼鏡で見てしまうが、グメニクは最高の演技をすることだけを考えて、五輪のリンクに立ったのだと思う。

ロシアとベラルーシの選手の参加には今も根強い批判がある。中立選手を見分けるのも困難で、メダリストがプーチン政権の求心力強化に利用される可能性も高い。困難な世界情勢の中で五輪への風当たりは強い。それでもスポーツの戦いに憎しみはないのだ。自然に沸き起こった会場の手拍子を聞いて、あらためてそう思った。

グメニクは5度の4回転ジャンプをすべて成功させてフリーで4番目の高得点を挙げ、ショートプログラム12位から6位入賞を果たした。シルクハットをかぶっておどけながら手を振る彼に、再び大きな歓声が沸き起こった。【首藤正徳】(ニッカンスポーツ・コム/スポーツコラム「スポーツ百景」)

男子フリーの演技を終え、シルクハットをかぶりながら手を振るドメニク(ロイター)男子フリーの演技を終え、シルクハットをかぶりながら手を振るドメニク(ロイター)