(CNN) 米特殊部隊が南米ベネズエラの首都中枢を狙った大胆な夜間作戦の計画を詰めるその最終段階に入っていたとき、同国のマドゥロ大統領は中国の中南米担当トップを務める外交官と共に写真に収まっていた。中国の指導力に対する惜しみない称賛を口にしながら。
「習近平(シーチンピン)国家主席の絶えることのない兄弟愛に感謝する。兄のようなその愛情に」。マドゥロ氏は中国の中南米事務特別代表・邱小琪氏にそう告げた。現場には笑い声が響いていた。首都カラカスの大統領府、ミラフローレス宮殿でのやり取りだ。
数時間後、マドゥロ氏は米陸軍所属の精鋭部隊デルタフォースによって寝室から連れ去られた。そして中国は、中南米における最も忠実なパートナーの1国を失うという過酷な現実を目の当たりにした。
中国とベネズエラは数十年にわたって緊密な関係を維持してきた。それは政治的イデオロギーと米国主導の世界との相互不信を共有する形で強化された。
2023年に立ち上げた「全天候型戦略的パートナーシップ」を通じ、中国政府はベネズエラ政府を自らの陣営へさらに引き込んだ。その過程で経済援助と外交支援は一段と強化された。
大量のベネズエラ産石油が中国へ輸出される一方、中国企業はベネズエラ全域の広範なインフラ計画や投資事業に資金を拠出する。この数十年間で中国政府もベネズエラ政府に巨額の融資を行っている。
トランプ米大統領の今回の動きは、そうした関係を一変させたように見える。少なくとも現時点で、中国のベネズエラ産石油に対する優先的なアクセス権や、より広範な地域への政治的及び経済的影響の将来に関しては疑問が浮上している。
中国政府は即座にマドゥロ氏の拘束を非難。米国政府は世界の警察のように振る舞っていると糾弾した。中国のソーシャルメディアも興奮を爆発させ、米国の行動についての議論が紛糾した。
5日遅くまでに、トランプ氏によるマドゥロ氏拘束に関連するトピックは中国の人気SNS微博(ウェイボー)で6億5000万件を超えるインプレッションを獲得した。多くのユーザーは、今回の拘束が中国政府による潜在的な台湾占領の手本になり得ると示唆している。
米国が自分たちの裏庭で1人の指導者をさらってくることができるなら、どうして同じことが中国にできないのか。そうした疑問が数多く寄せられた。
中国共産党は民主的に自治が行われている台湾を自国の領土と主張しているが、これまで実際に統治したことは一度もない。いずれは自国に取り込むと公言し、必要であれば武力にでも訴えるとしている。近年中国政府は台湾周辺の海上封鎖を想定した演習を実施するなど、台湾への軍事的な威嚇を強めている。
「一方的な弱い者いじめ」

アイルランドのマーティン首相と会談する中国の習近平国家主席=5日、北京の人民大会堂/ Andy Wong/AP/Getty Images
しかし、台湾の指導者を拘束するとの見通しが国家主義的な熱気を巻き起こした可能性がある一方、中国政府の公式な発言はこうした盛り上がりと論調を著しく異にする。具体的には米国による急襲を「覇権主義的行動」と形容しつつ、マドゥロ氏と妻の即時解放を求めている。
習氏は5日、訪中したアイルランド首相との会談の中で、さらに米国への遠回しな批判を展開。「一方的な弱い者いじめ」が「国際秩序の深刻な弱体化を引き起こす」と苦言を呈した。
「全ての国々は他国民が独自に選択する成長の道筋を尊重するべきであり、国際法並びに国連憲章が定める目的や原則を順守するべきだ。とりわけ大国こそがそうした模範を示さなくてはならない」(習氏)
国営メディアはすかさず今回の事案に乗じ、米国の偽善としてこれを強調。国営新華社通信は「米国の侵攻でいよいよ誰の目にも明らかになったことだが、同国が『ルールに基づく国際秩序』と呼ぶものは実のところ、米国の利益によって駆動する略奪に基づく秩序でしかない」と記した。
人民解放軍と関連するソーシャルメディアのアカウントは、中国の強さと安全保障により焦点を当て、軍事力の弱さは危機を招きかねないと警鐘を鳴らした。
「堅固な中核的能力がなくては、獰猛(どうもう)な大国を抑止することはできない。ましてや突発的な危機が訪れたときに、人民の安全を守ることなどできるはずもない」。当該のアカウントはそう指摘している。
ただ中国政府の主権にまつわる発言は、他の紛争が対象だと顕著に鳴りを潜める。
もう一方の戦略的パートナーであるロシアがウクライナに侵攻した22年、中国はロシア政府の非難や戦争への反対を口にせず、米国と北大西洋条約機構(NATO)の同盟国が紛争を誘発したとするロシア政府の言説をそのまま繰り返しただけだった。
中南米で高まる中国の影響力

中国・寧波市近郊にある中国石油化工集団(シノペック)の石油貯蔵タンク/Qilai Shen/Bloomberg/Getty Images
トランプ氏が19年にベネズエラに制裁を科して以降の数年間で、中国はベネズエラ産原油の最大の買い手に浮上している。データ分析企業ケプラーが先月公表した市場の最新情報によれば、25年の最後の数カ月にはベネズエラの輸出品の最大8割が中国向けだったとみられる。
しかし石油関係の投資家やアナリストは、米国のベネズエラに対する行動が中国の石油供給に多大な影響をもたらす公算は小さいと考えている。ベネズエラの生産量がかなり限定的なのに加え、国家以外の買い手も一定の役割を果たすとみているからだ。
マドゥロ氏と前任者のウゴ・チャベス前大統領の政権下、ベネズエラの原油生産は日量約100万バレルと、ピーク時から3分の2低下した。石油の確認埋蔵量で世界一を誇る国としては到底見合わない水準だ。
ベネズエラ産原油を輸入する中国企業の大半もまた、小規模の独立系精製業者で、ティーポットと呼ばれるこれらの企業が当該の石油に引きつけられるのは主として極端な割引価格が理由となっている。
トランプ氏は、中国が引き続きベネズエラ産原油を一定程度購入できるとしつつ、その量は減少することを示唆している。トランプ氏の下で調整が入れば、大幅な割引が終了し、ティーポットにとっての魅力もなくなる公算が大きい。
エネルギー以外でも、中国政府はベネズエラを「中南米における中国の重要な貿易相手国であり投資先」と称賛している。
米ワシントンに拠点を置くシンクタンク、スティムソン・センターの調査によると、07年以降の10年間で中国はベネズエラに625億ドル(現在のレートで約9兆8000億円)を融資した。これは中国が同期間で南米向けに行った全融資の半分近くを占める。また世界の国々の中で中国から最も巨額の融資を受けた国にもなったという。
「台湾はベネズエラではない」

台湾・金門県の砂浜に設けられた対戦車用のバリケード/Alex Wong/Getty Images
米国のベネズエラ攻撃で中国は勢いづくかという点に議論がいや応なく向かう中、台湾ではそうした脅威を一笑に付す声が多い。
台湾の与党民進党の立法委員で、外交及び防衛の委員会の委員も務める王定宇氏は、中国が米国の先例に従って台湾を攻撃するかもしれないとの考えを否定した。
「中国は米国ではないし、台湾はベネズエラではない。中国に台湾で同じことができるとする比較は誤りであり、不適切だ」。王氏はそう述べ、「台湾に対する軍事上の敵意にこそ不足はないが、中国には実行可能な手段が欠けている」と付け加えた。
中国の習氏はかねて、台湾との「再統一」は不可避だと説明しているが、専門家によれば中国は今後も引き続き慎重に事を進めるという。
ベルギーに拠点を置くシンクタンク、国際危機グループ(ICG)の上級アナリスト、ウィリアム・ヤン氏は、米国のベネズエラへの動きについて、台湾侵攻の可能性のある中国の計算には「いかなる直接的、根本的な影響も及ぼさない」公算が大きいと指摘した。
ヤン氏によれば、中国による台湾侵攻のタイミングを決定する要素としては中国国内の経済状況、人民解放軍の能力、台湾内部の政治状況が挙げられる。この他米国の台湾政策、対中政策にも左右されるという。
それでも米国政府の行動はニューノーマル(新たな常態)を作り出すと、ヤン氏は警告する。
「台湾にとって重要なポイントは、軍事的な選択肢を用いてある外交政策上の目的を達成しようとするのが今後の世界では新たな規範、新たな現実になっていく公算が大きいということだ」。CNNの取材に答えてヤン氏はそう述べた。「台湾はこれを肝に銘じ、どうやって防衛能力を引き上げるのか、そして中国に対する持続的な抑止力を高めていくのかを考える必要がある」
また遠く離れた中南米では、中国の長期的な戦略の今後について依然として疑問が浮上している。中南米は米国が伝統的に自分たちの「裏庭」とみなす地域だ。
政治リスクコンサルティング会社、ユーラシアグループの中国担当責任者、ダン・ワン氏は、マドゥロ氏の失脚が南米に広範な戦略的影響を及ぼそうとする中国に「大打撃」を与えたとしつつ、引き続き投資によるてこ入れを域内で行うことは可能だとの認識を示した。とりわけ電力や通信の分野では、重要なインフラ計画から中国企業を締め出そうとすれば社会の不安定化につながる恐れがあるという。
ICGのヤン氏もこの見方に同調。中国は、当該地域で米国との全面的な地政学的競争を繰り広げるよりも、自国の経済的利益への影響を最小限に抑えることを優先する公算が大きいとした。
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本稿はCNNのジョン・リウ、スティーブン・ジャン両記者による分析記事です。
