杉園昌之

2025/11/03

(最終更新:2025/11/03)

#中央大学

#Jリーグ

すでにJ1デビューを果たした中央大学の持山匡佑(ユニホーム姿はすべて提供・中央大学学友会サッカー部)

来季、川崎フロンターレへの加入が内定している中央大学の10番には華がある。日本代表で活躍する三笘薫や守田英正らの獲得にも尽力した敏腕スカウトの向島建氏は、「ブラジルの10番みたい」と独創性あふれるプレーを絶賛する。大学2年生までくすぶっていた持山匡佑(4年、静岡学園)の才能は、いかにして開花したのか――。

「世界観が変わった」J1デビュー戦

ウォーミングアップでピッチに入ると、鳥肌が立った。大学の試合では緊張することもないが、プロの舞台は違った。8月23日、4万人の大観衆で埋め尽くされた豊田スタジアムは熱気に包まれていた。名古屋グランパス戦で持山の名前が呼ばれたのは、3-3で迎えた後半のアディショナルタイム。緊迫した状況で90+3分から途中出場すると、そのわずか数分後に目の前で伊藤達哉の勝ち越しゴールが生まれる。J1デビュー戦はあまりにも劇的だった。4-3。終了の笛が鳴り響くと、アウェーまで駆けつけたファン・サポーターの大歓声がこだましていた。7月に川崎Fの特別指定選手として登録されたばかりの大学生が、興奮を覚えたのも無理もない。

「わずかな出場時間でしたが、すごく刺激的でした。世界観が変わった感じですね。これがプロの世界なのかって。テンションが上がるし、僕もあのような場所で点を取りたいし、活躍したいと思いました」

J1の舞台に刺激を受け、思いを新たにした(撮影・杉園昌之)

しみじみと話す言葉には実感がこもる。川崎Fのユニホームには特別な思い入れもある。大学生になってから自らチケットを購入し、年に3、4回はスタジアムで観戦するほど好きなクラブ。攻め勝つ姿は、外からよく見てきた。持山はサッカーどころの静岡市で生まれ育ったが、昔から心を引かれたのは遠く離れた隣県のチーム。魅力あふれる攻撃的なスタイルに憧れた。当時を懐かしそうに振り返る。

「小さい頃からフロンターレのサッカーが好きだったんです。攻撃の中心は中村憲剛さんでした。三笘薫選手(現・ブライトン=イングランド)、旗手怜央選手(現・セルティック=スコットランド)たちが、新人で入ってきた頃もよく覚えています」

新入生の頃に受けた中村憲剛さんからのアドバイス

2022年、静岡学園高校からプロを目指して中央大に入学すると、多摩キャンパスの練習場で画面越しに見ていたレジェンドに遭遇した。2020年限りで現役を引退した中村憲剛さんだ。中央大のテクニカルアドバイザーに就任し、折を見てグラウンドに足を運んでいたのだ。持山はまだ何者でもなかった新入生の頃、個人的なアドバイスをもらったことをはっきりと記憶している。

「『守備の意識が足りない。運動量、プレーの強度をもっと上げないといけない』って。自覚していた課題を指摘してもらえて、ありがたかったですね」

下級生の頃に受けた中村憲剛さんからのアドバイスを、今でも大切にしている

ただ、頭で分かっていても、ピッチで実践するのは容易ではない。1年時はリーグ戦に一度も絡むことができなかった。出場機会を得た2年目は才能の片鱗(へんりん)をのぞかせたものの、公式戦で輝く時間は限られた。役回りは主に後半途中から投入されるFWの一人。17試合に出場し、3ゴールを決めても、先発メンバーに定着できなかった。何かを変えなければいけない――。3年生を迎える前に考えを巡らせ、一つの答えを出した。ポジションの転向だ。宮沢正史監督に直訴し、FWからトップ下への配置転換を認めてもらった。

「(前線で相手を背負うよりも)もともと前を向いてプレーするタイプでしたし、チャンスメイクするのも好きでしたから。先の将来を考えても、1列下がった方がいいのかなと」

守備とハードワークを覚えた空白の2カ月間

判断は間違っていなかった。3年目はシーズン序盤から水を得た魚のように躍動する。第3節の筑波大学戦からスターティングメンバーに名を連ね、主軸として活躍した。ちょうど勢いに乗り始めた頃だった。6月1日の明治大学戦は、忘れもしない。相手は首位チーム。どうしても勝ちたくて、点も取りたくて、いつも以上に気持ちが高ぶっていた。前半途中に監督から出された指示に対し、反抗的な態度を取ってしまった。ベンチに下げられた後も、あふれる感情を抑えきれなかった。改めて振り返ると、苦い顔になる。「僕の取った態度は、本当に良くなかったと思います」

試合中に仲間を鼓舞する持山

翌節以降、試合のメンバーからも外された。自らの言動を猛省したが、一度失った信頼を取り戻すのは簡単ではない。梅雨が明け、夏を迎えてもまだ試練は続いた。

宮沢監督は持山をAチームに残しながら、立ち居振る舞い、取り組む姿勢をずっと見ていたという。「あの2カ月での変化は、すさまじかったですね。自分の好きなことだけをやっていた彼が、チームのために頑張るんだというマインドになりましたから。持山にとっては、大事な時間だったと思います。本当のターニングポイント。あそこからの成長はすごかったので」

8月3日の日本大学戦から復帰すると、シーズン後半戦は見違えるようなパフォーマンスを披露。変貌(へんぼう)ぶりには誰もが驚いた。高校時代から持山を見てきた川崎Fの向島スカウトも、スタンドで思わず目を丸くした。以前から推進力のあるドリブル、意表を突くシュートの感覚を高く評価していたが、より前のめりになった。

「献身的に守備の仕事をこなし、ハードワークもできるようになっていました。現代のサッカーは、それができないと、試合で使いにくいですから。ましてやプロで生きていくのは難しい。外から見ていても、はっきりと違いは見えました。オファーを出す上でも、あの成長は大きかったですね」

昨夏の試練を乗り越えた後は、献身的なプレーが飛躍的に増えた

テクニカルなシュートから、力強いミドルまでお手の物

空白の2カ月間は、意味のあるものだった。己を見つめ直し、精神的にひと回り大きくなった。最終学年を迎えると責任感がより増し、積極的に声を出すようになった。ピッチでもスケールがさらに大きくなった。リーグ開幕の日大戦では、角度のない位置から左足でプロ顔負けの豪胆なスーパーゴールを決め、向島スカウトをうならせた。

「右足でも(利き足ではない)左足でも、このタイミングで打つのか、と見ている側が驚くくらい。普通の選手は、あそこで打たないし、打てない。しかも、それでゴールを決めてしまう。わくわくするんですよ。ボールが渡ると、何かやってくるんじゃないのか、と。つい期待してしまう。やっぱり、こういうタレントがフロンターレのサッカーには必要だと思っています」

本人もフィニッシュには絶対の自信を持っている。意外性のあるテクニカルなシュートから、力強いミドルまでお手の物。少年時代から元ブラジル代表・ロナウジーニョの動画でイメージを膨らませ、遊び心あるプレーに心酔してきた。そして、そばでは元浦和レッズの父・宜丈さんが見守ってくれ、いまも的確な助言をくれる。

「動き出しなど、いろいろとアドバイスをもらっています。参考になることは多いです。大学の試合もよく見に来てくれるので」

フィニッシュには絶対的な自信を持っている(撮影・杉園昌之)

「フィジカルをもっと上げないといけない」

しなやかに動く180cm、71kgの大きな体は、ポテンシャルの塊だ。筋力トレーニングには手を出さず、瞬発力とパワーの向上などをさせる初動負荷トレーニングに力を注いできた。伸びしろは、まだたっぷりある。プロ入りまでに取り組むべきことは多い。

「フィジカルをもっと上げないといけないと思っています。大卒は即戦力候補だと思うので、大学リーグでは他と差をつけていきたいです。僕はここから。プロで消えていく選手もたくさんいます。当たり前ですが、一番大事なのはチームの勝利に貢献すること」

多摩キャンパスで過ごす時間も残り少なくなってきた。最後まで中央大のために走り、ゴールを重ねていくつもりだ。それがフロンターレでの活躍につながると信じている。