阿波おどり最終日の8月15日、徳島市紺屋町の演舞場には引き続き、小玉さんと、宮下さんがいます。

呼んでみましょう、小玉さん!宮下さん!

(小玉・宮下アナウンサー)
「はい」

(小玉アナウンサー)
「徳島市の『紺屋町 株式会社バル演舞場』です」

(宮下アナウンサー)
「いま紺屋町の演舞場には、阿波おどり振興協会所属の「阿波鳴連」が踊り込んできています」
「1959年結成、男女とも、背中に木偶頭を染め抜いた浴衣がトレードマークです」
「伝統を重んじながらも型にはまらず、全員で心から踊りを楽しむことが連のモットーです」

(小玉アナウンサー)
「美しい浴衣、そして、きれいにそろっていました」
「そして阿波鳴連に続いては、阿波扇の提灯が見えてきました」
「1991年結成、一糸乱れぬ華麗な扇踊りが魅力です」
「放送席には素敵なゲストをお迎えしています」
「毎年8月12日の深夜、徳島市で披露される『一丁回り』で全国に多くのファンを持つ、阿波おどりグループ『虹』の四宮賀代さんです」

(宮下アナウンサー)
「四宮さんは女踊りの魅力を追求し、その概念を変えた名手です」
「2025年の一丁回りでは、念仏踊りに風流踊りの特徴が加わり、華やかさを増した時代の踊りを披露、一味違う踊りで観客を魅了しました」

(小玉アナウンサー)
「一夜限りの一丁回りなんですけど、漆黒の夜に提灯の灯りが本当にきれいに浮かぶんです」
「今年の一丁回りはいかがでしたか?」

(阿波おどりグループ「虹」・四宮賀代さん)
「去年から、人が多くなったと思ったんですが、今年はすごく多くて」
「150人から200人は来られてたかなと思います」

(小玉アナウンサー)
「徳島はもちろん、県外の方も、一丁回り一年に一回しか見られないから」
「この瞬間逃せないってことで、いらっしゃるんですよね」

(阿波おどりグループ「虹」・四宮賀代さん)
「そうなんです。一人の方に聞いてみると、仕事終わって車できて、一丁回りだけ見に来ましたっていう岡山の方もいました」
「うれしいことです」
「今回は70%くらいの人が、新しく初めてきた人でした」
「新しい人が来てくれる、名所になりつつあるなと、喜んでいます」

(小玉アナウンサー)
「きょうで、徳島市の阿波踊りも最終日を迎えましたが、全体を通していかがでしたか?」

(阿波おどりグループ「虹」・四宮賀代さん)
「今年の12日は雨でしたが、人は多く出てましたね」
「タクシーの運転手も、今年は人が多いといってました」

(小玉アナウンサー)
「一時期は運営サイドがもめるなどして、危機が叫ばれた阿波踊りですが、ここ数年は少し落ち着いてきました」
「今の阿波踊り全体について、何か感じることや思うことはありますか?」

(阿波おどりグループ「虹」・四宮賀代さん)
「いいんじゃないですか、こんな感じで…」

(小玉アナウンサー)
「今年は、鬼滅の刃とのコラボなど、新たな試みもありましたが?」

(阿波おどりグループ「虹」・四宮賀代さん)
「私は構わないと思うんですよ、どんどん新しいことをやる」
「ただ、徳島には来てくれるんやけど」
「(鬼滅グッズの購入者が)阿波踊りは見ないで帰りますっていうのが、おしいなって」
「それを上手いこと、阿波踊りも見て帰っていただけるようになると、もっといいのに」

(小玉アナウンサー)
「今年は万博で阿波踊りを披露し、多くの人に阿波踊りを知ってもらうきっかけになったと思いますが」

(阿波おどりグループ「虹」・四宮賀代さん)
「私もそれは思います。なので今年はチョット華やかな一丁回りにしました」

(小玉アナウンサー)
「今年は、戦後80年の節目でもあります」

(阿波おどりグループ「虹」・四宮賀代さん)
「徳島の人たちって、阿波踊りが大好きで、戦後1年で阿波踊りを踊った」
「食べるものにも困っていたのに、鳴らすカネもない、ハッピもない」
「それでも阿波踊りを始める心強さ、これが阿波踊りの一番根深いところでは」

(小玉アナウンサー)
「これからの阿波踊り、どうあるべきだと思いますか?」

(阿波おどりグループ「虹」・四宮賀代さん)
「県外から来た連の方たちが、自由に踊れる場所を作ってあげたい」
「有名連で円陣組んで、素人の方に有名連の中で踊ってもらう」
「そういう、自由な阿波踊りであってほしい」

(小玉アナウンサー)
「この時間は、阿波おどりグループ虹の四宮賀代さんにお越しいただきました」
「貴重な時間お付き合いいただき、ありがとうございました」

(阿波おどりグループ「虹」・四宮賀代さん)
「ありがとうございました」

(宮下アナウンサー)
「私たちは引き続き番組最後まで、阿波おどり最終日の模様を、ここ紺屋町からお伝えします」

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