去年1月の能登半島地震を受けて氷見市の復旧・復興にあたり、病気のため去年退任した、前の市長の林正之さんが8日夜、亡くなりました。
68歳でした。

氷見市の前の市長の林正之さんは氷見市出身で、県の都市計画課長や土木部長などを経て、平成29年4月の市長選挙で初当選しました。

その後、令和3年に再選し、去年11月まで7年7か月にわたり市長を務め、能登半島地震の発災直後から現地に出向いて、復旧・復興に向け陣頭指揮を執ってきました。

技術職員としての経験もいかし、液状化対策や災害公営住宅の建設、公費解体などを進めてきましたが、去年の夏にすい臓がんが見つかり、「痛恨の極みだ」と悔しさをにじませながら、任期途中で退任する意向を示しました。

退任の際には「市長として最後に与えられた職務が能登半島地震からの復旧・復興だった。人生の総決算として全身全霊で取り組んできた」と振り返ったうえで、職員に対して「ぜひ復旧・復興に向けて一丸となって取り組んでほしい」と言葉をかけていました。

退任後は治療に専念していましたが、市によりますと、8日午後9時10分、すい臓がんのため亡くなったということです。

68歳でした。

告別式は、3日後の今月12日、午前11時から「ウイングホールひみ」で行われるほか、後日、お別れの会も予定されています。

【氷見 菊地市長「先頭に立って復旧・復興にあたる姿 目に焼き付いている」】
林正之さんから引き継いで市政のかじを取る菊地正寛 市長は「市長として、県職員として大先輩として尊敬していただけに残念です。震災の復旧・復興の状況を気にされていて、市長を引き継ぎのときも『頼んだぞ』と言われ、液状化対策のポイントも教わった。林さんが先頭に立って復旧・復興にあたる姿が目に焼き付いているし、任期途中で退任するのは本当に無念だったと思うので、しっかりその姿を胸に刻んで、活力ある氷見市をつくりたい」と話していました。

【復興に向けた住民組織会長「復興を見守って」】
去年1月の能登半島地震で大きな被害を受けた氷見市新道地区の復興に向けた住民組織の会長を務める鎌和紀さんは「亡くなられたと聞いて驚きました。市長であり、土木の専門家として、去年2月に一緒に町内を歩いたのが記憶に残っていて、先頭に立って復興を目指されたことに感謝しています。復興が進んでいく氷見市の様子を天国で見守ってほしいです」と話していました。

【市役所には追悼の記帳台】
氷見市役所には、前の市長である林正之さんの死去に伴って半旗が掲げられるとともに、正面入り口には午後3時ごろに追悼する記帳台が設けられました。

記帳した60代の女性は「突然の訃報に驚きました。安らかに休んでほしいです。地震のときも復興に関して精通されていたので、前の市長の存在は力強く感じました。『お疲れさまでした。ありがとうございました』と、ことばをかけたいです」と話していました。

林さんと一緒の合唱団に所属し活動したという60代の女性は「亡くなったことを知り合いから聞きました。同い年で合唱団を一緒にやってきましたし、市政にとても熱く、人には温かい方だったので、とても悲しいです。闘病でつらかったと思うので、残念という思いはありますが、少し楽になられたのかなと思います」と述べていました。

【新田知事がコメント「能登半島地震で昼夜問わず陣頭指揮 深く敬意」】
訃報を受け新田知事は「去年1月の能登半島地震では、被災した市民の1日も早い生活の再建、復興のため生活インフラの復旧や液状化対策などに、昼夜を問わず陣頭指揮を執られていた姿が今も鮮明に思い出されます。県民を代表して深く敬意を表すとともに、心からご冥福をお祈り申し上げます」とコメントしています。

【富山 藤井市長がコメント「常に 市民のため献身的に尽力」】
訃報を受け、富山県市長会長を務める富山市の藤井市長は「常に市民のために献身的に尽力され、特に、能登半島地震発生時には市長として先頭に立ち、現場に赴き、市民に寄り添いながら復旧・復興に全力を尽くされました。闘病のため任期途中での退任となりましたが、その後も氷見市の復旧・復興に心を寄せておられた姿に改めて深い敬意を表します」とコメントしています。

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