観光やグルメと並んで「推し活」が旅の目的にあげられるようになりました。ZINE作家のazamiさんも、韓国のアイドルのファンになったことがきっかけで、韓国を旅するようになったひとり。アート、音楽、そして市場に街の風景……「推し」だけにとどまらない、韓国カルチャーの魅力を体験するazamiさんの旅を紹介します。

「コロナ禍で推しができた」という人は少なくないと思う。私もその少なくない中のひとりで、私が「沼」に落ちたのは韓国のアイドルグループ、BTSだ。

それまでの私が韓国に触れる機会といえば、韓国料理と韓国人の同僚、韓国のアート本くらいだった。韓国映画もドラマも文学も音楽も、全くといって触れてこなかったのにもかかわらず、「推し」ができてからというもの、韓国語を耳にしない日はなくなった。

ハードな勤務でボロボロになった仕事の帰り道に彼らの歌い踊り笑いあう動画を見ては癒やされる、という日々を繰り返すうち、推しは私にとってすっかり「なくてはならない存在」になった。

一度何かを好きになるともっと知りたくなる。推しが好んで食べている知らない名前の韓国料理を食べてみたくて新大久保へ行き、推しがおすすめしてくれる韓国の本や音楽もすかさずチェックした。そんな日々を過ごすうち、私はみるみる様々な韓国カルチャーにも魅了されていった。

映画もドラマも音楽も「こんなに素敵で面白くて温かな世界がすぐ隣にあったなんて」と私にとっては嬉しい新たな出会いの連続だった。

地図には推しの「聖地」でピンがいっぱい 2週間の初韓国朝鮮王朝の王宮、景福宮(キョンボックン)の西門「迎秋門(ヨンチュムン)」の天井絵。2匹の白虎と韓国の伝統色で描かれた雲が美しい。虎は韓国では特別な動物として親しまれており、絵画やマスコットキャラクターなど様々なところで虎のモチーフに出会うのだが、この白虎のようにどこか愛嬌がある虎が多くて好きだ

コロナ禍を経て海外旅行をする人が増えてきた頃、私は初めての韓国旅行へ出かけた。当時はワクチン接種の証明書や入国のための書類など用意するものが多く、途中「こんなにも大変なのか」と心が折れかけたが、2022年10月、私は行きたくて行きたくて仕方がなかった韓国をついに訪れることができた。「沼」入りして2年が経っていた。

私にとってはコロナ禍の憂鬱を救ってくれたカルチャーの国。「ついに」という思いが溢れ、仁川(インチョン)空港からソウル市内へと向かう電車で美しい夕暮れを見た時には、感極まってひっそり泣いた。

地図には推しの「聖地」でピンがいっぱい 2週間の初韓国仁川空港のある永宗島(ヨンジョンド)からソウル市内へと向かう電車で永宗大橋(ヨンジョテギョ)を渡っているあたりで見えた美しい夕暮れ。勝手に歓迎してもらっている気分になり、ひとり感極まる
別々の言語でも、話しているのは「推し」のこと

この旅の大きな目的の一つは推しの「聖地巡礼」だった。渡韓前には「絶対に行きたいところリスト」「食べたいものリスト」も準備した。滞在は2週間。それだけあれば、20項目を超えるリストも十分に達成できるだろうと思っていた。

「絶対に行きたいところリスト」に入れていた場所の一つが、「BTSメンバーが練習生時代に通っていた食堂」だ。当時食べ盛りの青年たちを支えていた「油井(ユジョン)食堂」は、今では世界中のファンが訪れる聖地になっている。壁という壁、天井までもがBTSのポスターやファンが持ち込んだグッズで埋まっている店内には、様々な言語が飛び交っていた。

地図には推しの「聖地」でピンがいっぱい 2週間の初韓国BTSメンバーが通っていた「油井食堂」。隙間という隙間がポスターやファンが持ち込んだグッズで埋められている。当時と変わらぬ味を求めて、世界からファンが訪れている

言葉は違えど、皆おそらく「推し」の話をしているのだと思うとなんだか和やかな気持ちになる。メンバーが食べていたというメニュー「フッテジトルソッビビンパ(黒豚の石焼きビビンパ)」は、甘辛いコチュジャンをからめた黒豚がたっぷりでご飯がすすむ。韓国の味噌汁「テンジャンチゲ」やたくさんのおかずが付いてもお値頃価格。どこか優しくて、好みな落ち着く味わいだった。

お客さんはBTSファンだけかと思いきや一人で食事をする男性客や家族連れも混ざっているところを見ると、地元で愛され続けている食堂なのだなと感じた。私もファン仲間と一緒に推したちの「アイドル練習生時代の苦労話あれこれ」をつまみに乾杯をした。

地図には推しの「聖地」でピンがいっぱい 2週間の初韓国BTSメンバーも食べていたという「フッテジトルソッビビンパ(黒豚の石焼きビビンパ)」。ジュージューと音を立てて運ばれてくる石鍋には黒豚がたっぷり。黒豚は柔らかく、甘辛い味付けがご飯にあう

ありふれた公園の木も、大切な「聖地」になる

ひとまず腹が満たされたら、いざ近隣に点在する推しの「聖地巡礼」へ。

「聖地巡礼」とはいうが、ファンはあらゆるところを「聖地化」させる。「この建物が!」「この道は!」「この公園は!」「このブランコは!」といちいち反応して喜んでいる自分を客観的に見たらさぞかし滑稽であろうと思う。しかし、それが楽しいのだから仕方がない。

以前、韓国人の同僚に「なんでもないところに人が群がっていたら大体アイドル関連の何かなんだろうなと思うよ」と言われて笑っていたが、まさしくそれを実践していた。私のNAVERマップはそういった「推し関連スポット」にピンを立てているのだが、正直「聖地だらけ」になっている。

地図には推しの「聖地」でピンがいっぱい 2週間の初韓国BTS聖地の一つ、鶴洞(ハクトン)公園のブランコ。ファンなら知っているエピソードがあるブランコだが、もちろん子供たちも遊ぶ遊具。聖地巡礼は人気のない時間で手短に済ませた

知らないうちに「聖地」に辿り着いてしまうこともあった。友人達とおしゃべりをしながらあてもなく歩いていたところ、ほんの数時間前に推しがインスタグラムにアップしていた風景が目の前に現れたのだ。

「え、さっき○○がアップしてたの、ここじゃない?」と友人と一騒ぎして、写真が撮られた場所を探した。目印は一本の木とその後ろに映り込む建物。しかし木なんていっぱいある。友人達と探し回ること5分ほど、その木はあった。「公園にある、なんの変哲もない木」なのだが、その木だけがどうしようもなくキラキラと光って見えた。

地図には推しの「聖地」でピンがいっぱい 2週間の初韓国景福宮のほど近くにある松峴(ソンヒョン)緑地広場は訪れるたびに季節の花々で違った景色を見せてくれる。このコスモスの手前で推しが写真を撮っていた。奥にそびえる木が私には輝いて見えた

私の初めての韓国旅行は、そんな感じのところばかり行っていた気がする。何も知らない誰かにとっては、なんの変哲もない日常の風景だろう。しかし「ここに来るために私は韓国に来たのだ」と思わせる何かが、そこにはあった。

その時どういうわけだか、唐突にコロナ禍で彼らに出会い救われていた日々と、それからの私の人生に起こったあれこれがフラッシュバックし、言い得ぬ感慨が湧き上がってきた。どうしてそのタイミングだったのかわからない。でも、私にとってはその公園の、その木の前に立つことが、かけがえのない体験だった。

そういった「聖地」は、いくつあってもいいじゃないか、と思う。

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