逃れられない時間刻む評・遠藤秀紀(解剖学者・東京大教授)
◇かしわぎ・しんすけ=1969年、愛媛県生まれ。2017年に『県警外事課クルス機関』でデビュー。
書き手が何に執着したかが、読んでいる私の視線の先には必ずある。著者がこだわった「血」とは何か。
『鼓動』葉真中顕著
表向きの筋書きは、公安警察と反体制組織の命を賭けた武闘である。両者が相まみえる以前に、警視庁対県警、公安対刑事部、高級官僚対現場といった、体制側の虚々実々の駆け引きが舞台を緊張感で包む。主語を省いて短文を重ねる切れ味のいい描写が、
頁(ページ)
に深いリアリティと鮮やかな臨場感を持ち込んでいる。
話は、1989年と2019年を節ごとに頻繁に行き来する。主人公沢木はこの三十年間に、捜査の密偵を務める大学生から、公安警察の課長代理にまで人生の歩を進めた。だが、それは沢木が夢や希望を抱いて選んだ道ではない。生活の貧困ゆえに金銭を受け取って裏の仕事を引き受け、そこから脱することができないまま、ただ年齢を重ねただけなのだ。 捜査に協力したために自殺に追い込まれた兄をもつ警察官。出自を偽ってテロ組織のリーダーの娘として生かされる女性。謎に満ちた経歴の大物政治家。沢木を産みながら多くを語らずに消えた両親。沢木に絡む人間すべてが、残酷な「時間」に縛られている。著者が執着する「血」は、まさにその「時間」なのだと確信した。
ミステリー然としたいくつもの巨大な種明かしが終局にあるのだが、本作に限っては、謎解きに関心を向けない読者も多いのではないか。ついでにいえば、公安警察もテロ組織も、書き手にとって、実はどうでもよいストーリー上の
些末(さまつ)
な名札に過ぎなかったのではなかろうか。
ただ一点。この世に生まれてしまった人間誰しもが、流れる「時間」からそして宿命の「血」から逃れられないことを、著者は描き続けているのだ。筋書きも謎解きも棚上げにできるほど、強く文字に刻み込まれた人物像が輝きを放つ。人間は「時間」とどう
対峙(たいじ)
して生きるのか。重い問いかけを背負う佳編だ。(小学館、2200円)

読書委員プロフィル
遠藤秀紀(
えんどう・ひでき
)
1965年生まれ。解剖学者、東京大教授。動物の死体を解剖し、「遺体科学」を提唱する。著作に、小説『人探し』、新書『人体 失敗の進化史』、など。
![[書評・レビュー] 『革命の血』柏木伸介著 [書評・レビュー] 『革命の血』柏木伸介著](https://www.walknews.com/wp-content/uploads/2024/05/1717136591_20240528-OYT8I50024-1-1024x576.jpg)