たこ焼きを焼く川邊さん(左)=本人提供たこ焼きを焼く川邊さん(左)=本人提供八ちゃん堂創業者 川邊義隆さん〈5〉

 1977年2月に始めた移動販売車でのたこ焼き店は順調なスタートを切った。次のステップとして目をつけたのが、オーナーを募って出店してもらうフランチャイズ(FC)だった。70年代前半に日本に進出した米国発祥のケンタッキー・フライド・チキンやマクドナルドがFCで店舗網を急拡大していた。

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 1台で月100万円以上を売り上げた77年5月から次々と新車を購入し、新聞の折り込みチラシでFCのオーナーを募ると、どんどん人が集まった。オーナーには、デザインを統一した販売車や店名のロゴが入った制服、原材料などを支給。この年の暮れには、「八ちゃん堂」のブランドで10台以上の販売車が福岡県南部を中心に走っていた。 自身は半年ほどで車を降り、経営者として事業の拡大に専念し始めた。ブランド力を高めようと、幹線道路沿いなどに路面店の展開も開始。店の設計や内装を一本化することでコストを抑えた。
 その頃、エリア拡大のために乗った長崎行きの船の中で、有明海を眺めながら一句詠んだ。「〽勇気持て 己が命の一刻に 全知全能心ゆくまで」。決して後悔することがないように全力で挑もうと自身を
叱咤(しった)
激励する句だった。78年7月に有限会社「八ちゃん堂」を設立し、企業としての一歩を踏み出した。

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