平戸市沖で米軍の機銃掃射を受ける「第三鷹川丸」(豊の国宇佐市塾提供)平戸市沖で米軍の機銃掃射を受ける「第三鷹川丸」(豊の国宇佐市塾提供)
 太平洋戦争の資料を収集、調査している大分県宇佐市の市民団体「
豊(とよ)
の国宇佐市塾」は、戦時中の米軍の映像から九州各地での空襲に関する映像を発見した。終戦間際まで、教科書にも載ってない空襲が各地で行われた実態に、同塾は「映像を通して戦争について考えてもらいたい」としている。(大石健一)

 同塾は米軍撮影の映像を米国立公文書館から入手して公開しており、今回は場所や状況が特定できた17本を公開した。 1945年8月6日の千葉県の野島崎沖の映像(13秒)には、日本の艦艇2隻が米軍機に機銃掃射される様子が記録されている。映っている機雷の敷設艇「巨済」では、乗っていた大分県竹田市出身の田村治水兵長が戦死したという。 45年3月18日、宮崎県都城市の陸軍都城西飛行場などの空襲映像(11秒の映像2本)は、同市を目標にした初の空襲を記録したものだった。 都井岬沖の軽空母を発進した戦闘機部隊は同飛行場へロケット弾を発射。飛行場南側の歩兵第23連隊の兵舎群も攻撃されていた。 1 2

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